2018年06月28日

西野監督とピーター・ドラッカーの至言。



練習試合3試合と、本番2試合。

練習試合は、2敗ののち、初勝利。

本番1試合目は、開始早々のラッキーから、「勝利」し、
2試合目は、2度「同点に追いついた」。

まさに、上げ潮である。


「マネジメント論」で知られ、経営者たちにファンが多いことでも知られるピーター・ドラッカーは、以下の至言を残している。

・「論理的帰結を下すこと」を「決断」とは言わない。

代表選手が集まった当初。西野監督は、メンバーたちに「檄を飛ばす」でもなく、指示はコーチに任せ、自分は観察に終始したという。

前・岡田監督は、西野監督を「研究熱心」と表現していたが、ドラッカーの至言をもとに考えると、西野監督は、「研究結果でオペレーションしている」のであって、「勝負師」が行うような決断をしていないのではないか。・・・と、私は感じている。

定質化は、監督の主観の反映でしかない。

だが、定量化なら、数値なので、監督・コーチ・メンバーで共有できる。
これなら、「控え選手も、自分のポジションを納得できる」から、チームワークが良くなるのは当然。


ハリルホジッチ監督は、「(妥当性のない)主観批評」だったが、
西野監督は、「(データに基づいた)形式批評」を行っているのだろう。

※ 形式批評: 評価基準をもとに、評価を決定すること。

サッカーにおいても、「主観」の時代は終わっている。そのことは、メッシ一辺倒のアルゼンチンの不調と無関係ではあるまい。


ゴールキーパーの川島を起用しつづけることや、
武藤選手を使わないことに不満があるが、きっと「そういうデータ」があるのかもしれぬ。

「盛り上げ隊」筆頭の槙野選手が出れないのは可哀想な気もする。

とはいえ、寡黙な柴崎選手がピンポイントのパスを通すのを目の当たりにして、ま、そんなものか。
と、思う。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0