2018年06月20日

試合後のスタンドのお掃除は、「運」を呼ぶため。


機能論的にしか分析されていないのが、マスコミの不備。
あるべき分析は、日本人の存在論・世界観である。

マスコミもウェブも、「日本の求心力を削ぐ」ことを目的に発信している人が多数存在するので、日本人の本質が語られない。

ファンの「お掃除という善行」は、自分たちに「幸運」が舞い込むためにやっている。

モラルの問題ではない。


大谷選手の「目標を達成するため」のマトリックスにも、「幸運を招く」ために、「身の回りを清潔にしておく」というのがあったと思う。


「運」の項目の上部に「ごみ拾い」がある。


ミュンヘン・オリンピックの水泳の金メダル・田口信教選手も、最後は「運」だとして、電車に乗ると、「席を譲ろう」とキョロキョロしていたという。

1970年のアジア大会で世界のトップに肩を並べて以来オリンピックに勝つには練習だけでは駄目心掛けが大事と感じ、普段から電車でお年寄りに席を譲るなどを励行したと述懐した。



「人間の行動原理」「行動心理」を深く考察しないマスコミは短慮・浅薄。

日本人の「世界観」「運命観」が、「ごみ拾い」を生んでいるのであって、「ほめられたい」などという機能論とは無縁。

私たち日本人は、「超自然」と対している。



お掃除をし終わった時の満足感・清涼感は、「自分たちが、自然と一体になっている」感覚に近いのであって、「運」「必然」の側にいると実感させるに違いない。

このような感覚は、日本人にしか実感できまい。



チームはピッチ上で「マリシア(ずる賢さ)」で劣るが、サポーターたちはスタンドで「誠実さ」で勝利する。








posted by sponta at 09:08| 東京 ☔| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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