2018年06月23日

日本は受信者責任型文化である。


日曜日の早朝、テレビ寺子屋(フジテレビ)を観た。

講師は、ジェフ・バーグランド京都外国語大学教授。
人の少ないアメリカの中部からやってきて、東京の通勤電車で、立ったまま寝る人がいるのに驚いた。


彼の専門は、「異文化コミュニケーション」である。彼の結論は、「自分とは異なる人・文化を楽しむこと」。
彼は国際結婚をすすめる。その理由は、喧嘩をしても、その理由は「個人が悪い」のではなく、「国が悪い」となるから。
新婚すると家庭の料理の味付けの違いで、いがみ合うことがある。国際結婚なら、料理自体が異なるから、「味付けの問題」は起きない。


日本人は、「コミュニケーション下手」というのは間違い。

アメリカは「発信者責任型文化」であり、日本は「受信者責任型文化」。その違いだと言う。

アメリカには、「コミュニケーションは相手が決める」という俗諺があるが、アメリカ文化が「そうではない」から、そんな言葉があるのだろう。




彼の考察は以下。


日本では、講義の始めに「よろしくお願いします」と言う。これは、英語に翻訳できない。
アメリカでは、「よく聴いてください」となる。

電車でこんなことがあった。本を読んでいる人の「濡れた傘」倒れ、「隣人の服」を濡らす。
アメリカなら、「バカ野郎。お前の傘が、俺の服を濡らしているぞ」となる。
日本では、服を濡らした人が「咳払いをする」。

この光景に、彼は感動する。

日本人は、「言葉をしゃべらない自然」と深く接してきたから、「相手を読み解く」能力に優れている。


籠池氏は「忖度(そんたく)」という単語を復活させた。それは、日本人が「当然のこと」と思っていることを改めて「言語化」した。

日本人にとって、「コミュニケーションは相手が決める」のは当然のことだったのが、そうではなくなってきたことの象徴的なできごとなのかもしれない。


「違和感」があるなら、それを「楽しみ」、それを「言語化」する。

・・・簡単なようで、なかなか難しい。
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