2018年05月31日

「アト・ア・グランス性(ちら見性)」の重要性。




アト・ア・グランスとは、「ちら見」。ちらっと見る。一瞥できることである。




私はブログを書いているが、twitterに比べると「アト・ア・グランス性」は低い。


同様に、2時間の映画やテレビ番組に比べ、Youtubeの動画の「アト・ア・グランス性」が高い。




インターネットで、まとめサイトが見られる今、「オリジナルにも、〈ちら見性〉が求められる。


視聴者にとって、「閲覧のコストパフォーマンス(情報の価値/時間)」は重要である。








一方、「閲覧のコストパフォーマンス」の低さが「閲覧の質」に影響したのが、カーリングのLS北見。


スピードスケートの金メダリスト・清水氏は、金メダリストを取っても、「露出時間は数分」と嘆く。


人気のフィギュアスケートでも、5分だ。


一方、カーリングの試合は1時間を越え、休憩時間(もぐもぐタイム)さえ魅力的。
選手の肉声も聞け、戦術への興味は勿論、コミュニケーションの機微も見える。


結果、女子選手の容姿の魅力が視聴者をひきつける。
藤沢さっちゃんは美人だが、お小言が多いとか。美しさで劣るが、「そだねー」とやり過ごすちなみちゃんキュートだ。


・・・カーリングのスポンサーが「全農」なのは効果的。もぐもぐタイムの国産いちごやぶどうは、どんなコマーシャル映像よりもおいしそう。





懸賞に向けて、私は小説やシナリオを書いてきたが、最終選考にも残ったことはない。すべては、「下読みの人たち」に見いだされぬまま「落選」していった。


私は人生を振り返り、モダンの時代に、ポストモダンの作品を提出してきたのだから、「落選は当然」だと思う。




作家のオリジナリティーではなく、過去の作品のミーメーシス(模倣)が重要と考えているspontaの著作が、今後も「審査員たちに、受け入れられる」可能性は低い。




出版社に、原稿を送ったことが何度もあるが、反応は皆無だった。


その理由は、ポストモダン云々ではなく、そもそも読まれていないからと私は推測する。


「(小説やシナリオは)読むのに時間がかかる」。




最近知ったのは、漫画では出版社たちが「素人の持ち込み」が受け入れていること。


若い頃知っていれば、「小説やシナリオ」ではなく、「漫画」に取り組んでいた・・・。




「実力があれば、人生は切り開かれる」と、私は単純に思っていた。


だが、世の中は「実力ではなく、権力で動いている」。




権力は、「学歴の延長線上」にある。


さらにいえば、


「裏方」は替えが効くが、「表方」は替えが効かない。


「学歴がない」なら、有名になって「表方」になる他ない。




魅力的な小説を書ける人が小説家になり、すばらしい絵を描ける人が画家になる。同様に、才能がある人が「映画監督」になっていると、私は思っていた。


だが、実際は、「高学歴な人が、組織で出世」して、「予算を使える立場」になり、作品を作っているに過ぎないと悟る。


それが、公開作品の品質が「バラつく」原因。


そして、運がある人が「すばらしい作品」を制作する。





我が校長(今村昌平)以来21年ぶりのパルムドールだというが、当該監督に「職人的な方法論」があるのか。




私は、新藤兼人の「シナリオは三段階である」というメソッドに反旗を翻している。つまり、「最初の10分が面白くなければ致命的」。「最後まで観て、良かった」は許されないという立場。


・・・今一度、是枝作品を真剣に観てみようと思う。






追記:


カンヌ映画祭の〈評価基準〉は明確。「娯楽ではなく、芸術」である。


芸術の〈本質〉は、「存在を表現すること」であり、娯楽の〈本質〉は、「観客の感情を動かすこと(ディオニュソス)」である。


とはいえ、「受賞させてやるから出品しろ」などという裏取引もあるというカンヌ。黒沢の「影武者」の受賞はそのタイプかもしれぬ。


ジル・ドゥルーズは、歌舞伎の手法を踏襲した溝口健二の映画音楽のスタイルを、溝口のオリジナルと誤解している。フランス人の琴線に触れることができたからといって、「珠玉の作品」かどうかは保証されない。


というか、「シナリオは三段階」というメソッドが、最終段階の感動を生み出しているなら、「マニエリスム(様式主義)」だと思う。


新藤兼人が別の海外グランプリを受賞した「裸の島」にしても、「山の上の畑に、水を運ぶ」シーンを延々と見せられる観客はたまったものではない。その辛さが、その後の「感動を生む」としても、淡々としたシーンを魅力的にするための工夫はできたはず・・・。


あるべきは、 各シーンがその場で成立し、魅力的。かつ、作品全体としても、「三部構成」的な構成感があることだろう。




「万引き家族」という、そのまんまやないかという題名の映画が、海外受賞作ということで、観客に忍従を強いる作品でないことを祈る。



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