2018年05月23日

宮川泰介君が、日大を救った。彼の輝かしい未来を応援する。




ポンキンカンと世間から卑下されていた日大を世間的に評価させたのは、学生運動家、秋田明大である。




今回、すんでのところで、日本大学を救ったのは、宮川泰介君である。







二十歳なりたての青年の記者会見だが、「私は監督に何かを言える立場ではない」と明言し、マスコミ記者たちの「内田監督に対して、どう思いますか?」という質問を拒み続けたのは、素晴らしい。

事実関係の確認も何ら問題がなく、破たんがない。



ウェブには、関西学院大学のディレクター氏を評価する声があるが、間違っている。
「発言できる立場にない人間」に、「発言を求める」のは不可能であり、不合理である。


だが、宮川君は発言した。



その理由が「被害者への謝罪のため」というのも、素晴らしい。


マスコミは「事実の究明」などと分かったようなことを言うが、「事実の究明」など、絵に描いた餅であり、何の価値もない。もし、人間が、そのために動いたら、社会的な立場を失う。


政府自民党のモリカケ問題にしても、「事実ではなく、体制の維持が重要」と政治家・官僚が考えているから、ああいうことになる。


宮川君は、「誠実な謝罪のためには、何が起きたかを明らかにすることが必要」として、宮川君が経験した現実を「告白した」に過ぎない。



人類学のパースペクティズム理論によれば、「同じ現実であっても、個性によって、見え方が異なる」のだから、日大本部に「見えている現実」と、宮川「君の経験した現実」が違っていて、「まったく問題はない」。


というか、「二者択一を目論む」マスコミこそ、(おなじみの)アンシャンレジーム(旧態然)。硬直した理論なのだ。




宮川君の人生は、「輝いている」。


彼は、「日大本部」や「日大アメリカンフットボール部・指導部」を糾弾したが、日大全体や、日本で一番社長が多いという日大OBたちを救ったのだから、当然のことである。





彼の「誠実」は、日本人の心に響いたし、彼の「(かつての)体制への服従」の純真さもふくめて、彼の魂は素晴らしい。


彼が営業に来たら、大企業のトップたちは、「労をねぎらう」だろうし、歓待するに違いない。



体育会系出身なのだから、広告代理店・最大手のD社などに就職してもらいたい。 彼なら、東大出身のまつり嬢のようなことにはならない。


彼には、「輝かしい人生」を歩んでほしい。






追記:

日大本部がだけが腐っているのではない。アカデミズムの本質が腐っているのだ。
その理由は、社会人としての経験をしていない人たちによって、大学が営まれているから。
大学人たちの「行動原理」は、「アカデミーポストを獲得すること」であって、「真理を追究する」のではなく「政治的に生きる」こと。


娘の大学の理工学部の大学院に入ると、「大学院に入っても教授にはなれませんよ」と諭されるのだとか。

つまりは、海外留学や産業界で成果を残さないと教授にはなれない。そのあたりが、慶應と日大の違いかもしれぬ。


当該、内田氏も、「他人の釜の飯」を食う機会があれば、人生も変わっていたのかもしれない。

posted by sponta at 06:04| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0