2018年05月26日

椎野伸一先輩(東京学芸大学)。日本の音楽界をイノベーションしましょう。



私が高校1年の夏合宿。妙義山麓のひし屋旅館。

椎野先輩が芸大に合格して、現役生のために「ラ・カンパネルラ」を弾いてくれたのを私は印象深く覚えている。私はセカンド・クラリネットだったから、ピアノの近くにいた。盛り上がるトリルのところで、プラスックのカップがはじける音が偶然したっけ。

その時、顧問の松本成二先生が教えてくれたのは、椎野先輩が「入学後、最初のレッスンがテンポキープの練習だったので驚いた」こと。


私は、その時、何も分からなかった。
だが、娘が日野皓正氏に学び、グルーヴを知り、さらに菊池成孔の音楽理論に接すると、ようやく30年後に理解できた。

その結論は、

「クロノス時間とカイロス時間を同時に持つこと」こそ、最上の音楽家の〈条件〉であること。

だが、それは、巷間知られていない。

そのため、楽器奏者を中心に、「間違ったレッスン」が行われている。

先達が、自らが得たノウハウを後進に伝えないと、後進が先達を越えることはできない。「自ら体験して、覚えろ」と「教えない」のは、意地
悪なばかりか、非効率。


今では、スキージャンプで、V字ジャンプをしない人はいない。
若い人は、スキー板をそろえるのか、V字にするのかに「悩まず」、効果的なフォームで、最大不倒距離に挑む。
だが、音楽では、未だに〈奥義〉が暗黙知になっていて、若い人は「効率的なレッスン」ができない。


【現状の問題】

「テンポルバート(テンポを動かす演奏)」でしか、エモーショナルな演奏は実現しないと考える指導者が多い。だが、それは間違いである。
テンポルバートは拡大解釈され、「拍の概念(小節の中の拍子の長さはすべて等しい)」さえ否定される。

※ 小澤征爾氏も、その一人。

指揮者が指示する音楽や独奏では、「拍の概念の否定」も許容されるが、無制限にルバートすると、協演者と合奏できない。

※ 小澤征爾氏の師匠・斉藤秀雄のチェロの演奏は、協演者に「グロテスク」と嫌悪されていた。


あるべきは、堅調な「クロノス時間(物理的時間)」を持ちつつ、「カイロス時間(主観的な時間)」を自由に操ること。
だが、それが暗黙知になっているので、音楽家のほとんどは「テンポルバートのやり過ぎは下品」と感じ、慎むだけ。
−−−せめて、若い人たちには、クロノス時間とカイロス時間を意識することにより、「より高度な音楽」を目指して欲しい。


音楽家として成熟・完成してしまうと、「ふたつの時間感覚」を持つことはできない。
それが、プロの音楽家のステークホルダー(利害)となり、「ふたつの時間を同時に持つこと」は、暗黙知のままになっている。


【傍証】

指揮者の山田和樹氏は、「テンポルバート」でないと、エモーショナルな演奏はできないと発言する。しかし、それは「テンポでしか、オーケストラをコントロールできない」指揮者の「特殊な事情」を表現しているに過ぎない。
山田氏は、「正確なテンポ」では「音楽的な表現は不可能」と言い切るが、メトロノームにあわせた演奏でも「エモーショナル」な演奏は可能である。(グルーヴ)
ポピュラー音楽では、クリック音に併せて、パートを重ね合わせながら録音することが珍しくないが、山田氏の主張なら「機械的な音楽」しか誕生できない。だが、そんなことはない。

山田氏は「題名のない音楽会」で、「テンポルバート万能」の発言をした。

NHKの「奇跡のレッスン」では、イーストマン吹奏楽団の指揮者が、「メトロノームは機械的。音楽的ではない」と発言している。


テレビ朝日、NHKのテレビマンが、一流音楽家にだまされてしまうのは仕方がない。
だが、彼らの発言を鵜呑みにした、若い人たちはどうなるのか。


現役のアカデミストである椎野先輩は、器楽奏者の立場から、「指揮者たちの自己都合な論理」を否定すべき。
そうでないなら、「間違った音楽理論」を肯定していることになる。


椎野先輩が、東京芸大入学後に最初にさせられたテンポキープのレッスンの目的は、「堅調なクロノス時間」を持つことであって、「過度な主観的な演奏」を戒めるためのものではなかったはず。

芸大の講師は、「テンポルバート」への疑問を感じていたかもしれぬが、「ふたつの時間感覚を持つこと」が「音楽の〈奥義〉」だと理解できていなかったはず。

※ もし、理解していれば、「ふたつの時間感覚」を持つために、ドラムセットの練習をすべきだったと思う。

※ 「ふたつの時間感覚」をマスターしている人は、ドラムを練習した人が多い。娘の師匠である日野皓正氏もそうだし、娘もそう。キックや
ハイハットシンバルが「クロノス時間」であり、スネアなどが「カイロス時間」になる。

この〈奥義〉を、40年前の松本先生も、椎野先輩も、そして、私も気づけずにいた。

松本先生に連なる「間違った論理」を、世界的な指揮者コンクールで優勝した山田和樹氏も踏襲している。
−−−つまり、世界も「間違っている」。


松本先生が鬼籍に旅立たれた今。そして、椎野先輩が、東京学芸大学で後進の指導に身を置く今、やるべきことがある。


仕事場で一緒になった人が埼玉の人で、私が県立・川越高校出身だと知ると、「カワタカは、リベラルだからなぁ」と一言。

リベラルの意味は分からないが、私の同級生には、ノーベル賞の梶田君もいる。

日本の音楽界を転換させるようなムーブメントを起こすことがあっても、不思議ではない。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(2) | 公開メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
椎野先輩は、同期の芥川賞作家・奥泉光氏を親友とする有名人であり、部内でも知らぬ人はいない。4期あとに入学した私が一方的に存じ上げるだけ。面識はない。
Posted by sponta at 2018年05月26日 04:50
日本音楽コンクール・ピアノの部門の審査員の女性(たぶん芸大ピアノ科の教授)は、審査基準を、「テンポ感とリズム感」と発言している。

それこそが、クロノス時間(テンポ感)とカイロス時間(リズム感)である。
Posted by at 2018年12月17日 02:57
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