2018年04月25日

大谷翔平選手の奇跡。

といっても、MLBの活躍のことではない。「子育て」や「指導」「評価」に関する奇跡である。



彼の成功を見て、「自分のこどもも・・・」と夢想する親も多いだろう。だが、現実は甘くない。
というか、

「子の持っているリソース」と「親の持っているリソース」によって、子が「成功できる分野」は限定される。




それが現実。


大谷選手の奇跡は以下。


【生得的】
・一族皆、高身長という遺伝。

・社会人野球(三菱自動車横浜)の選手だった父と、バトミントン全国準優勝チームの母の遺伝的な「スポーツ選手」としての遺伝。

【後天的】
・両親とも、全国クラスのスポーツ体験(練習・努力・試合)をしている。

父親は少年野球の指導者をしているというから、幼少期の指導も、全国レベルだったろう。

・高校野球の名門・花巻東高校に進学するが、野球部監督は名投手・菊池雄星を育て上げるとともに、菊池がオーバーワークで故障した経験から、大谷選手がオーバーワークにならないよう、医学的に検討を重ねた練習計画を実行された。

・プロ野球の長年の歴史により、スカウトの眼力も正確になっている。
甲子園大会で優勝するような結果は残さなかったが、大谷選手は「正当な評価」をプロ野球関係者から受けた。

・日本ハムの栗山監督は、「二刀流」という大谷選手の夢を実現するために、尽力する。


その結果がMLBでの大活躍につながっている。




大谷選手との対照で、私の「子育て」を紹介する。



娘が「(将来)何をやりたい(と言い出す)」かは分からないが、中高生になったら、きっと「音楽をやりたくなる」。その時、「音楽の素養」がないのは可哀想。

ということで、就学前からヤマハの音楽教室に通わせる。


私は「幼い頃、ピアノを習っていたし、吹奏楽部でクラリネットやサックスをやった」が、それは「自分に才能はない」ことを確認する最悪の作業だった。

妻の父は「ピアノはブルジョワ」と嫌悪していたので、妻がピアノを習うことはなかった。

娘がヤマハの音楽教室で「特別な才能」を発揮することはなかった。ピアノが嫌いではないが、単調な練習をねばり強く続けることもない。当然のことである。



小学生・中学年。
児童館のドラムを叩き、自分に才能を感じる。私は、熱心な親を探して、親子混成バンドを組み、盆踊りや児童館祭に出演した。娘は、速いドラミングができない。(全国クラスと表現できるような)「才能」とは無縁だった。



もうひとつ、取り組んだのは「英語」。

高価な「ディズニーの英語教材」を購入するとともに、イギリス人兄妹と幼なじみになり、英語が身近かな環境を整えた。

「英語耳」は養われたのかもしれないが、娘が英語をしゃべることはなかった。



親の「子育て」の努力が、大谷選手のように「成果を生む」なんてことは、ほとんどない。





・「才能」に恵まれ、

・「初心者向けの指導者(親?)」に恵まれ、

・「ハイクラスの指導者(部活の指導者?)」に恵まれ、

・「継続した訓練の機会(部活)」があり、

・「才能を発表する機会(全国大会)」があり、

・「正当な評価(プロにスカウト)」を受ける。




大谷選手は、すべてに恵まれた。

彼は、小学生時代のピッチングがベストだと回想する。小学生時代の成功が23才の成功につながったことが奇跡である。



一方、我が娘は、「ハイクラスの指導者」には恵まれ、才能が評価されたこともある。
だが、「継続した訓練の機会」がなく、「正当な評価」を受けぬまま、音楽生活を頓挫させた。

「ハイクラスの指導者」に出会ったことは奇跡だが、後が続かない。

多くの人生はそんなもの。




それが分かっているからこそ、羨望や嫉妬ではなく、心の底から大谷少年の幸福を祝福したい。
posted by sponta at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0