2018年04月18日

「刷り込み理論」と「承認欲求」。

鳥は、初めて見た「動くもの」を「親」と認識する。
たとえボールであっても・・・。

というのは、動物行動学の学者・コンラート・ローレンツの実験であり、私も、実験の映像を見たことがある。


私が指摘したいのは、

人間も動物なら、「初めて見た動くもの」を「親」と見誤ってしまう程、「親」の存在は、生得的に重要である。

という事実。




そこで、私が指摘したいのは、そのようなチョムスキーの生成文法に匹敵するような「親の機能・役割」である。

※ 生成文法 generative grammar :ノーム・チョムスキーは、人間には「言語の母型」のようなものが生得的に存在する。と、説く。つまり、どんな言語であっても、主語のようなもの。述語のようなもの。目的語のようなものが存在するのであって、その構造の上に、個別の「言語」が載っかっているとうイメージ。


チョムスキーの示したドグマ・ドクトリンとしては、脳の言語野に損傷を持たない人間は幼児期に触れる言語が何であるかにかかわらず驚くほどの短期間に言語獲得に成功するが、これは言語の初期状態である普遍文法(英: universal grammar, UG)を生得的に備えているためであると考える。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E6%88%90%E6%96%87%E6%B3%95





近代主観主義(モダニズム)では、

乳児は、自分で捕食できないし、糞尿の始末もできないから、「親の保護を必要とする」のであって、自我に目覚め、自立心が芽生え、捕食、身の回りの始末ができるようになると「親から独立する」というストーリー。

だが、そのようなストーリーは誤りというのが、私の推理。




人間の「心理・生理」には、「親」というパーツが生得的に組み込まれている。

だから、「親」というパーツが欠損していたり、変質していると、人間の「心理・生理」が不安定になる。



「動いている」なら、それが何であっても「親」と鳥が認識するのは、「親」の〈機能〉が、「子」の心理・生理にとって極めて切実なことの表現である。




人間においては、「食事や身の周りの世話」をしてくれるから、親が必要・重要というどころではない。

動物で、ほとんど唯一「自殺する」人間にとって、「親」との関わりは死活問題。

そう考えた時、アドラーの心理学が頭に浮かんだ。




アドラーの心理学でいうところの「承認」を与えるのが「親の機能」。

「親の承認」によって、子供は「アイデンティティー」を得る。



私の推理では、「親の認証」は二つある。


第一期承認: 「(親の保護本能を生じさせる)かわいさ・幼さ」に起因する〈承認〉

第二期承認: 「(親の価値観を満たす)社会的評価」に起因する〈承認〉




「子」にとって、「親」は〈承認〉を与える権力である。

つまり、「子」が「親」の愛情を確認するには、「親の〈承認〉」を得る必要がある。



プロの音楽家が「自分の子を教えない」ことが多いのは、「教える時に、親の甘さが出てしまう」からではない。

「指導者」の立場と「承認者」の立場が混乱するからであろう。

「厳しい親」は「指導者」になりきってしまう。結果、「承認者」が不在になる。これは、「子」にとって厳しい状況。



・・・なんてことを考えている。


アドラーは、フロイト、ユングと続いた「モダニズム心理学」を否定したために、不慮の死を遂げたのかもしれない。

ローレンツは、「動物行動学者」であって、人間を研究した学者ではない。

それらが結びつかせるなど、「近代主観主義(モダニズム)」の学問の系譜ではありえない。

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