2017年09月16日

山尾志桜里嬢を追求すべき争点。または、パコパコママ。

国会議員にとって許されないこと・国民を裏切ることは、「嘘をつくこと」であって、「ちんこをま○こに入れること」ではない。





元芸能人の国会議員が「一線を越えていない」と言ったり、人気芸人が「オフホワイト」と表現しているが、家庭裁判所では、男女がホテルに入った写真があれば、「性交した」ことが認定されるという。武井咲嬢は「ちんこをま○こに入れたこと」が実証されている。その理由は妊娠したからである。

といっても、山尾嬢が妊娠していないからといって、「していない」。または、「ちんこをしゃぶっただけ」。「ゴムなし」「中出し」でなかったと言っているのではない。



ホテルに入っても行為に及んでいないなら、「民主党を離党する必要はない」。今回は、政策の準備をしていた状況を詳らかにすればよい。
実際のところ、「ゴムなし」「中出し」でなかったとしても、「行為に及んだ」に違いない。

人気芸人が3連泊したのを、松本芸人は「7回やっている」と形容した。
山尾嬢の場合は週4で密会したというから、どういうことになるのだろうか。「5時に夢中」のコメンテーター・新潮社員嬢は、不倫相手と同乗する写真を見て、山尾嬢のラブラブな心情を感じ取っていた。



日本人の心情としては、「自分がやってことを素直に認めて謝罪する」ことが大切である。

「自分がやったことを認めず、謝罪もしない」のは、最悪・最低。

その点、山尾嬢のやったことは、彼女の支援者たちの「子育て」に最悪・最低の影響を及ぼすに違いない。



私が指摘したいのは、「やったか・やっていないか」ではない。その後の対応である。
「やった・やらない」は劣情だとしても、人間の生理であり、仕方ない・やむを得ないこと。
しかし、「嘘をつくこと」。さらに今回のような場合は、熟慮の上の「嘘」であり、人生をかけた決断の場合、致命的といえる。



日野皓正氏の体罰疑惑に関しては「やった時」の気持ちが重要だが、山尾嬢の場合は「やっている時」の気持ちなどどうでもよい。
「気持ちよかった」かどうかを気にしているのではない。「背徳の喜び」があれば浮気なのだろうが、同乗写真を見る限り、「背徳の喜び」というのではないよう。

とすれば、「人を愛すること」がいけないのですか。と白状して、人生の方針を転換すればよいだけのこと。でなければ、山尾嬢は、パコパコママという形容に甘んじるしかない。



「やったか・やってないか」。それが、大衆の興味である。

しかし、追求すべきは、「嘘をついたか・嘘をついていないか」である。そこにおいて、政治家としての素質が問われる。


芸能ジャーナリズムは、「やったか・やっていないか」を追求すべきであり、政治ジャーナリズムは、「嘘をついた・嘘をついていない」を追求すべき。

…てか。(-_-;)
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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