2017年08月03日

蓮舫氏が欠落した「受け」の素養。

民進党代表の蓮舫氏が辞任を表明した。曰く、「攻め」はできたが、「受け」ができなかったと。

だが、「受け」「攻め」の二言で済むようなことだろうか・・・。

私は、コミュニケーションについて、以下に図説する。


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円滑なコミュニケーションのためには、「パッシブ(受動的)なコミュニケーション」を取る必要があるのかもしれない。
蓮舫氏が「受け」と言っているのは、「パッシブ・コミュニケーション」と思えてならない。
だが、彼女が欠落しているのは「腹を割って話し合う度量」ではないか。

コミュニケーションの理想型は、「アクティブ(主体的)なコミュニケーション」である。




民進党のような「第二党」。スポーツでいえば、「得点しなければならない状況」。「第一党」であれば、「守りを固めていればよい」。得点しようと色気をだせば、「守りにホコロビが生じる」かもしれず、危うい。



蓮舫氏は「遠心力ばかりで、求心力がなかった」と嘆いたが、「攻めなければ存在感がない」セカンドポジションの組織では仕方がない。

一方・・・。

唐突であるが、今は亡き北の湖理事長。

相撲協会での求心力は素晴らしく、彼は「不祥事の責任を取って辞任した」が、「彼よりも人望がある人はいない」と、理事長に返り咲く。

聞くところによると彼が周囲から人望を持たれたのは、「人の話(不満)をじっくりと聞き、すべてを飲み込んで、一切口外しないこと」だったという。

その話を聞いて、「人望とは何も言わないこと」だと知り驚いた。
私は「何も言わない」は愚鈍なことと思っていたが、それは短慮である。


人望も、包容力も、「不平・文句・グチなどを一切言わないこと」から生まれる。

しかし、それが許されるのは、日本相撲協会が「攻める」必要がない「寡占・第一のポジション」だからである。

「状況を把握して、有効な改善提案をすること」は、波風を立てることでしかない。



そう思ってしまえば、常に「第一ではなかった私の人生」を嘆くしかない。

先日、CATVをザッピングしていたら韓国ドラマをやっていて、40代とおぼしい女性同士が口喧嘩をしていた。途中から見たきで、何が原因で喧嘩しているのか分からないが、片方の女性の開き直りのセリフが耳に残っている。

「私と同じ経験をすれば、あなたも、私のように振る舞うようになるわ・・・」

彼女が何を経験をして、相手を怒らせるような何をしたのか分からないが、納得である。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 形式知化宣言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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