2017年08月02日

ブランドを信じる人たちに唖然とする。

新宿で時間があったので、老舗・熊本ラーメンの店に久しぶりに行った。

経営者が変わって味が落ちたことは、すでに知っていた。

しかし先日、「しくじり先生」に環7ラーメンで一世風靡した「なんでんかんでん」の社長が出演していて、「売り上げ重視から、スープを薄めて出して、失敗した。今度は、きちんとやる」と再起を決意していたので、新宿の熊本ラーメン店も、味を持ち直しているかもしれない、と考えたのである。



夕方の5時過ぎ。狭い店には、私の他に4人の客がいた。
新宿アルタのすぐ裏。人通りの多い場所だから、当然かもしれないが、客離れはしていない。

看板メニューのラーメンが、私の前に運ばれてきた。

まず、その臭いで、私は落胆した。
熊本ラーメンの特徴であるスープの上に最後にかけられる油がダメ。ニンニクを焦がしただけで深みがない。
さらにスープを口にして唖然とする。出汁の成分をほとんど感じないのである。

このようなラーメンを出す職人も職人だし、食べる客も客である。

経営者が変わって、「レシピでは表現できないノウハウが失われた」というレベルではない。「レシピそのものが変更された」ようだ。

最近では、ひとサジ入れれば味が整う「ダシの素」が数多く市販されている。それらが売れていることは、「ダシの成分」や「ダシの有無」を多くの人が理解している証である。

・・・だが。



この店の経営権を持ったチェーン店の社長が、「うちよりも旨いのはダメ」と、わざと不味いラーメンを提供しているとしか、私には思えない。
というか、多分、それが実状だろう。

経営主体の「ラーメンの製法」を否定するような製造行程があり、それにより「レシピが変更された」に違いない。

でなければ、素人でも作り得ないような「不味いラーメン」が提供されるはずはない。

不味いとは、ダシを感じないこと。スープにいっさいのコクがないことである。



それにしても思うのは、それを楽しみに食べにきている人がいること。

半径50メートルには10件以上のラーメン屋はあるはずであり、わざわざこの店を選択した人がいることが不思議でならない。

大衆の大部分は、そのようにパッシブユーザー(受動的な消費者)であり、私のようなアクティブユーザー(主体的な消費者)は少ない。



サイレント・マジョリティーなどというのは伝説である。
大衆のほとんどは「言わない」のではない。「気づいてもいない」のである。

最近の私は、〈評価基準〉により、日本のイノベーションを目指して、ブログを更新しているが、その相手は大衆ではない。
その理由は、大衆・消費者の大部分がパッシブユーザーだから。


そして、専門家たちに「公開メール」という徒労を重ねている。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | リアルウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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