2017年08月01日

公開メール:東山紀之さんへ。ダンスの〈評価基準〉

東山氏のメールアドレスなど、ウェブ上にあるはずもないので、公開メールとして、以下をアップロードする。

東山氏の周辺から彼の閲覧につながればうれしいし、彼の周辺の人たちが知るだけでも価値がある



はじめまして。

東山さんの芸能活動をいつも楽しませてもらっております。
今回は、ジャニーズ事務所の今後を担っていく東山さんに、僭越ながらアドバイスをさせていただきます。ご参考にしていただければ幸いです。



私の研究テーマは、〈評価基準〉です。

〈評価基準〉により、「主観的な意志決定」に客観性が生まれる。

〈評価基準〉を導入すれば、「才能ある人」の意志決定に依存していた組織が、統治者の「才能」に依存するのではなく、〈評価基準〉を知った人たちによる「納得できる合議制」により、妥当性のある組織運営が実現し、「才能ある人の不在」による停滞を阻止できるはず。



この理論を実証する最適な組織として、私はジャニーズ事務所を考えました。
ジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川氏は「才能ある人」。次期トップと噂される東山紀之氏も「才能ある人」。
東山氏は後輩たちに尊敬を集めています。とはいえ、創業者のジャニーさんのカリスマ性には及ばないでしょう。

そこで、目前に迫る「ジャニーズの第二の創業」で〈評価基準〉が必要だと考えるのです。



ジャニーズの新人抜擢の要素は、「容姿」と「ダンス」。
「容姿」の判断は、誰にでもできるし、たとえそれが「偏向」していたとしても、誰にでもわかるから問題は少ない。

しかし、ダンスの〈評価基準〉は現在、暗黙知になっています。
その理由は、振り付け師たちが〈評価基準〉を公開しないから。〈評価基準〉が知られてしまうと、彼らは仕事を失うかもしれない。
もし〈評価基準〉が共有知になれば、新人たちも効果的なレッスンができる。だが、今は、新人たちは、振り付けを覚えるだけ。ダンスの良し悪しは、振り付け師に判断してもらわなければならない。
本来は、〈評価基準〉が共有されれば、振り付け師はもっと高いレベルで指導できるのはず・・・。

そこで私は、〈ダンスの評価基準〉暗黙知を形式知化して、公開したいと思います。

私が形式知化した〈ダンスの評価基準〉が正しいかどうかは、プロフェッショナルな東山さんなら、ご理解いただけるでしょう。
もし、間違っていれば、修正していただければよいと思います。

不躾なメールで失礼しました。ご無礼の段、お詫び申し上げます。




ということで、メールの文言はここまで。

以下に、詳細な説明を掲げる。



ジャニーズ事務所の人事は、ジャニー喜多川氏の「芸術家としての才能」に依存してきた。
その才能の実際は、新人たちの才能を見抜いて抜擢することである。
才能の種類は以下の2つである。

・美貌
・ダンス


ジャニー喜多川氏の驚くべきところは、「努力」で人を評価しないことである。

さらに不思議なのは、レッスンはダンスのみ。
以下が評価の対象ではないこと。

・うた
・演技


それが、ジャニーズ事務所の特徴。
東宝ミュージカル、宝塚歌劇団、劇団四季と比べれば、違いは明らかである。



AKBのタカミナ嬢は「努力必ず報われる」を連呼していたが、その理由は、「努力」が組織運営に好都合だから。だが、ジャンケンでセンターが決定するなど、「努力」が報われるシステムはない。

芸術は結果がすべて。「努力」など必要ない。プロなのだから、「努力」は当たり前の素養。カリスマ性のあるジャニー氏には、そんな「オタメゴカシ」を決して言う必要はない。

ローラースケートで一世風靡したグループの看板アイドルが「努力型」でないことは明らか。レーシングドライバーとしても活動したアイドルも同様である。しかし、彼らには「魅力」がある。

「努力したから売れる」。そんなお涙頂戴は要らないし、芸能はそういう世界ではない。



ジャニーズで重要な〈評価項目〉の「美貌」と「ダンス」。
「美貌」の〈評価〉は専門的な知識はあまり必要ないので言及しない。

一方、「ダンス」の〈評価基準〉は、〈暗黙知〉であり、一般にも流通していないので、ここに形式知(テキスト&図)にして、公開する。

07_dance.jpg



【ダンスの定義】

・ダンスは体操ではない。

・プロフェッショナルのダンスは、「表現」である。

・ステージダンスは、ホールダンスと異なる。




【ダンスの〈評価基準〉】

・タイム感があること。

・グルーヴしていること。

・正面を感じていること。


※ 留意。
・振りの大きさ
・振りの速さ
   は重要ではない。

・振りの正確さ/丁寧さ/キレは、タイム感やグルーヴに優先して評価されることはない。




先日のTBSの番組では、国分氏がジャニー氏に「どのグループが一番凄いんですか?」と聞いたら、「少年隊」との返事が返ってきたことが紹介されていた。

当時を振り返ると、私も少年隊のダンスが凄いと感じていた。
その理由は、センターを踊っていたニッキーのタイム感のある踊りである。右側で踊るヒガシは、タイム感はニッキーに劣るが、それでもキレのあるダンスをしていた・・・。

ダンスで一番重要なことは、タイム感。踊りがビートを感じさせることである。



私が公開した「ダンスの評価基準」は反発が必至。しかし、暗黙知が暗黙知のままでは、ギョーカイは衰退する。

たとえば・・・。

グルーヴの仕組みを暗黙知のままにしたジャズ界は、今や瀕死状態である。
菊池成孔氏をはじめとするプロのジャズミュージシャンはハリウッド映画「セッション」を観て、「あんな話はありえない」と嘆いたが、「スウィング・グルーヴの形式知化・公開知化」をおろそかにしていたのだから、仕方のないこと。後の祭り。

ハリウッド映画に文句を言う前に、バディー・リッチやエリック宮代を愛でる高校生や大学生に、「スウィングしていないのは、ジャズではない」。「ジャズは曲芸ではない」と示唆すべきだった・・・。


クラッシック音楽の世界では、小学生は「剣の舞」や「禿げ山の一夜」を魅力を感じるが、大人には速いテンポの曲なだけで、芸術的には劣っていると感じる。
しかし、ジャズの世界では、大人のファンでさえ、そして、専門家も含めて、速いテンポの曲がすばらしいというようなセットリストを組んでいる。


大学ビッグバンドの最高峰・山野コンクールでは、「テンポの速さで驚かすような団体」が上位に入賞する。審査員たちは、日本を代表するプロのジャズマンなのだから、プロの暗黙知としてさえ、まともな〈評価基準〉が存在しない。



ジャズは世界的にみても、マニアの音楽になってしまった。

クラッシック音楽も似たような状況である。
つまり、〈評価基準〉が社会的に共有されていないために、「ダメな人」が有名になり、流通している。

ジャズもクラッシック音楽も、重要なのは、〈タイム感〉である。

昭和な時代は、「芸術性の乏しい、表面的な音楽」でクラッシックは繁栄した。しかし、平成な時代では飽きられてしまう。
昭和を代表するピアニスト・中村紘子氏の演奏のような〈タイム感〉が希薄な「表面的」な芸術を、多様な娯楽を知った平成の観客は魅力を感じない。

ウェブで人気のヴァレンティーナ・リシッツァのような才能でなければ、平成の観客を魅了することはできない。とはいえ、彼女も世界的な名声を得ていないのが現在。

そもそもマスコミが芸術を理解していない。日本も世界も同じ穴にハマっている。
〈評価基準〉を観客とマスコミと専門家が共有しなければ、音楽市場は主リンク(縮小)していく。



「ナイツ」「サンドイッチマン」の漫才をみていれば、「漫才はおもしろいもの」だと思う。だが、お笑い養成所の研修生たちの漫才しか知らなければ、「漫才そのもの」がおもしろくないと大衆が勘違いするのは当然。メディアが市場に果たす影響は大きいのである。

〈評価基準〉が消費者たちに共有されることで、すばらしい商品が支持され、市場が拡大する。
だが、現在の芸能シーンは、「粗悪品」が「良品」と偽って流通しているため、市場はまだまだ拡大できる可能性を持っている。


芸能シーンにも、JISやJASのような標準化機構が必要なのだ。

posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 公開メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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