2017年07月26日

多部未華子さんにファンメールを送る。



というのも、Yahoo Newsに「やりたい役が見つからない」とあったからだ。

はじめまして。
世田谷区在住の男性です。

多部さんの演技を楽しく拝見しております。

さて、Yahoo Newsで、
多部未華子、演技派女優の意外な顔 「演じたい役がまだない」とのニュースが配信されていました。

その思い、私も同感です。
といっても、私は観客なので、「観たい映画・ドラマがない・・・」ということです。

私の場合は、それだけでは納得がいかないので、「その理由」について分析してみました。

でもって、「客観的ドラマ映画鑑賞法」というツールを構想しています。

http://sponta.seesaa.net/article/452054184.html

まだ、詳細については、書き終えていませんが、この評価ツールによる「業界」の標準化を目指しています。

もし、興味がありましたら、ご高覧いただければ幸いです。



今、夏ドラマがまっさかりであり、新作映画のプロモーションのために俳優たちが番組に出演している。

なのに、「オモシロイ」と思えるような作品があると期待できない。

多部さんの告白は、出演者の立場からの「危機感」の表明であると私は理解した。


問題は、良質な〈ドラマ〉がないこと。

昨年のヒット映画「君の名は。」「シン・ゴジラ」ともに、〈アンチドラマ〉な作品であること。


「君の名は。」は、現実風景トレースもの。街並みはもちろん、空の描写が絶妙である。
「シン・ゴジラ」は、叙事詩的作品。つまり、観客が主人公に〈感情移入〉することはない。

アンタゴニスト(人間関係の対立)こそ、〈ドラマ〉の本質だが、主人公が〈超目標〉を持っていて、それを元に対立がすることはない。




吉田鋼太郎氏がミュージカル「ビリー・エリオット」を絶賛した。曰く、藤原竜也がロンドンで観て、出待ちをするほど感動し、吉田氏も同じく感動し、日本公演があると聞き、オーディションに参加する。そして、主人公の少年の父親役を獲得する。

私はまだ観ていないが、あらすじを知っただけで、堂々たる〈ドラマ〉であると分かる。

主人公の超目標は、「ダンサーになること」。父親はアンタゴニストであり、彼が少年に託す夢は「ボクサーになること」である。
主役の少年は、ダンスが出来る子をオーディションで選んでおり、「本物らしさ」も当然のように備えている。

「ガラスの仮面」のダンサー版かもしれないが、ミーメーシス理論に合致している。「ガラスの仮面」の演技シーンは、時間がかかるし、解説が必要だが、「ビリー・エリオット」の場合、ダンスだから、一瞬観れば巧拙は分かるし、解説もいらない。
主演の少年の演技が多少不味くても、「本物のダンス」ができるなら、観客はストレスを感じない。というか、「本物のダンス」には、感情の解放も求められるから、「ダンス」の延長線上に演技があるなら、演技も大丈夫に違いない。



ミーメーシス理論に従えば、感動的な新作を企画することは可能なのに、モダニズム芸術観に囚われている人たちが、業界人の大部分である。

繰り返し解説するが、ミーメーシス理論とは以下である。

芸術作品は、過去の作品をさらにインパクトを強めたミーメーシス(模倣・再現)である。




日本のテレビドラマ界は、演劇理論が分かっていないから、

超目標が明確な「刑事もの・探偵もの」「医療もの」ばかりになる。

それらには、「事件解決」「病気の治癒」という明確な超目標があるので、失敗が少ないのである。

多部未華子さんの出演作「デカワンコ」が面白かったのも、〈ドラマ〉の最重要要素である〈超目標〉があったからである。

ただし、「事件解決」「病気治療」だけが、人間の超目標なんてことはありえない。
ジャンルを追って企画することしかできない「ギョーカイ」の混迷を思う。

彼女には、「客観的・映画ドラマの評価法(評価基準)をお読みいただき、出演作選びにご活用いただきたい。
というか、彼女のスタッフさんたちに・・・。
posted by スポンタ at 19:09| 東京 ☁| Comment(0) | 公開メール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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