2017年07月16日

人間は〈真実〉の奴隷である。

そう思って生きてきたが、どうやら、そうでもないらしい・・・。
私のような無名な輩が〈真実〉を言っても、無視されるだけである。



中村うさぎ氏が「有名人の言葉だからって、さも価値があるように思うのは嫌だ」と言っていたのを覚えている。

私もそう思う。

impossible を、I'm possible と読み替えるなんて、オードリー・ヘップバーンに限らず誰でも思うことである。

若いという字は苦しい字に似てるわ。明日という日は明るい日と書くのね。

そんな感じ・・・。



フランスの哲学者・アランは、「悲観主義は感情のものであり、楽観主義は意志のものである」と言ったが、これは至言。別格だと思う。



TBSのドラマ「小公女セーラ」には、次のような主人公のセリフがある。

「どんなに私を叩いても傷つくのは私ではありません。間違っている校長先生。あなたです」

しかし、現実ではそんなことは起きない。

自分が間違っていることに気づいて、ニヤリとしてゴマカす。

・・・せいぜいが、そんなところ。
posted by スポンタ at 07:06| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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