2017年07月09日

「ジョン・レノンはメシア(救世主)だったのか」を書き終えて・・・。

懸賞小説に応募したが、何も起きそうもない雰囲気である。

作品の構図は以下。

主人公の私、ささやかな現実の亀裂から思索は広がり、ウェブ、書籍、チャネラーなどから新たなる情報を得て、思索は発展する。
そして、現実がまったく違うものに見える。



当初は、ディオニュソス的なドラマを目指したが、結果的に、アポロン的な作品になった。

したがって、「エンターテインメント小説」を嗜好するディオニュソス的な小説を求める人たちには、受け入れられないに違いない。
それが、「何も起きそうもない」と、私が考える理由である。

かといって、アポロン的な嗜好の人たちに出会う術はない。
唯一は、ソウルメイトと言ってもよい友人が、価値を表明してくれたこと。



ディオニュソス的作品
・鑑賞者の感情を動かすことを目的につくられた作品。

アポロン的作品
・人間やこの世界の〈存在〉〈本質〉を表現することを目的につくられた作品。

わかりやすく言うと、「筋で観客を楽しませる」ハリウッド映画的なのがディオニュソス的作品であり、「人間を表現する」カンヌ映画祭で受賞するようなのがアポロン的作品である。



今回、1ヶ月強で、400字詰め原稿用紙250枚を仕上げるため、ドラマ的な工夫をしている時間がなかった。そのことは、本作品が、純粋なドラマではなく、随想や論文が入り混じっていることを示している。もっとも論文とは言い過ぎで、論文調でしかない。なぜなら、出典・論拠を提示したら、ドラマ部分に戻ることができなくなるから。

そんなこんなで、最後の4章ほどをざっくりと読めば、「スポンタの世界観」を理解できると思う。

これこそが、ポストモダンの時代の底に広がっている世界観である。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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