2017年04月03日

ミーメーシス(模倣)について…。

すでに、書いていたかとも思うが、改めてまとめておく。

放送大学芸術学の青山昌文教授によると、芸術作品は、「何ものにもとらわれない芸術家の個性の表現」であり、その「オリジナリティー」こそが尊ばれるという〈近代主観主義〉の時代はすでに終わっている。

つまり、理想主義的な絵画教室の先生が、「自由に描きなさい」などと生徒に言ったり、シャガールの絵を素晴らしい。なんて言うのは馬鹿げている。ってこと。



ミーメーシス理論とは、「芸術作品とは、過去の作品のインパクトを強化した再現・模倣すること」である。

そのことを知っていれば、こどもの落書きと、ピカソの作品が似ていても、まったく問題はない。
つまりは、こどもは、過去の芸術作品を知らないのだから、ミーメーシスしていない。つまりは、芸術ではない。との結論に、容易に至るのである。




しかし、いまだに教育界の人たちは、「我思う、ゆえに我あり」という近代的自我を妄信しているから、たちが悪い。

ドイツ観念論、または、実存主義が、ニーチェによって「神が死んだ」と暴露されてしまった時、神の代わりに人間の思索・思惟を持ってきたことを理解しない。
つまりは、ロダンの「考える人」は、考える人の彫塑ではなく、「新しい神」の像なのである。
しかし、そうしたドイツ観念論、または、実存主義は、サルトルが死んだ頃に、「思索を突き詰めていっても、人間の存在を証明することはできぬ」ということが分かってしまった。それが、フランス現代思想である。


そのことを認めない人たちが、いまだにアカデミズムには多いため、ミーメーシスという語は、一般的に知られていないのである。
posted by スポンタ at 15:31| 東京 ☀| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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