2017年03月31日

サバイバル英語

先日、娘はパリ弾丸卒業一人旅に行ってきた。

フランス語は、ボンジュールと、メルシーぐらいしか喋れないのに、食堂で、食べたかった料理(ムール貝の酒蒸し)を注文するし、スーパーマーケットで、レジを通さないで商品を持ち出したのではないかと、警備員に疑われても、堂々と交渉し、疑いを晴らしたのだという。

かつての友人は、パリではフランス語が通じないと相手にされないから不満を述べていたが、私の印象は違っていた。
サバイバルのための英語だったら、問題ない。東アジアのほかの国と比べると、我が国に対する信頼は絶大で、合計でも2週間も滞在していないが、嫌な思いはしていない。



微妙なニュアンスを伝える本格的な英語が、いろんなところで教えられているが、サバイバル英語も教えられて良いのだと思う。

それは、きっと、シェルパ英語のようなもの。

ぜんぶ、Have a nice .....で済ます。
ネパールの登山ガイドの現地人たちの英語だ。



さて、初めてエベレストに上ったヒラリー卿の「そこに山があるからだ」という言葉は有名だ。
「なぜ、エベレストに登ったのですか?」
「そこに山があるからだ」

これだけ聞くと、禅問答のように聞こえてくる。だが、よく考えてみると、彼は、「名誉欲や、一番になりたいという執念から、エベレストに挑戦した」と言いたくなかっただけ。
ただ、それだけに違いない。



建築家のル・コルビジェの「建築は、住むための工場である」というのも謎めいた発言。そんなこと当然じゃないかと思える、禅問答のよう。

これなども、王朝の威厳を表現するためのバロック建築や、神の栄光を感じるさせるゴシック建築を想起すれば、当然の発言である。

というか、ゴシック・バロックとの対比・対照をせずして、ル・コルビジェのことを論じることの無為さを思ってやまない。

文化住宅の四畳半に暮らしていれば、ル・コルビジェの発言など、当然のことなのだから・・・。



というか、日本のアカデミズムの人たちには、そういう禅問答的な「カサアゲ」をすることが珍しくない。

たとえば、セマンテックウェブ(意味的なインターネット)の技術でしかないのに、オントロジー(存在論)などと名付けてしまう。


はてさて・・・。

posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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