2017年02月24日

日本だけでなく、世界のほとんどの国には四季がある。

外国人&ハーフの鼎談の話題。
「日本だけ四季がある」というのは間違いと、疑問を傾げる。
これは、外国人にとってだけの疑問ではなく、海外旅行に行った日本人にも当然の疑問である。

そのような教育をした文部省に、疑問を提示するとともに、修正を依頼すべきである。



芽が出るのが、春。花が咲くのが夏。実が成り、葉が落ちるのが秋。そして、何もなくなるのが冬。
暑さ寒さの程度の違いはあるだろうが、季節感はどの国も同じであろう。
もちろん、熱帯や寒帯の地域は別・・・。

日本の四季は特別。その理由は季語があるから。との説があるが、季語の中国らしく、とすれば、季語が特徴ではない。



日本人にとって、四季を感じることが特別なのは、日本の芸術の本質が「無常」だから。
「無常」を感じるために重要なのが、四季なのである。

西欧芸術の本質は「愛」であろう。

つまり、「奢る平家も久しからず」という無常感が芸術を生んだのであって、源氏と平家の争乱を描くことが、平家物語の目的ではない。
無常を語ることによって、人間の存在の本質を描こうとしたのである。

一方の西欧では、本質が「愛」だから、それを描くために「愛」の対局である「裏切り」がテーマとされる。




明治維新は、西欧の資金によって成立し、戦前までの日本は、イギリスに操られていた。でなければ、日本海軍がロシアを打ち負かすことなど、できるはずがない。そして、戦後はアメリカに陰で操られている。

そのような状況の中で、日本人が「日本人のアイデンティティーを維持する」ために唯一許されたのが、「日本には四季がある」ということではなかったのか。

本当は、日本人は「利他的に行動する」など、3.11で世界中から賞賛された特徴を教育したかったに違いない。

だが、それは、日本を陰で操っている人たち。つまりは、「利己的な西欧人」を批判するから許容されなかったのだろう。

西郷隆盛は、アジア各国を支配し、奴隷化する西欧人たちを「野蛮である」と言い放っている。

そして、現代・・・。



小学校の授業では無理でも、せめて「地理」時間では、世界中に四季があると訂正すべきだろう。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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