2017年01月15日

娘の卒論終了。

ビリー・ワイルダー監督「昼下がりの情事」。
オードリー・ヘップバーン演じる音大生の父親のセリフ。
「私が靴屋だったら、娘に靴を作ってあげる。インドの貴族だったら、宝石の沢山ついたドレスで着飾ってあげる…」
というのがある。
映画では、父親は恋愛専門の探偵なので、彼氏の素行を娘のために調べ上げた。

私は、靴を作る技量はないし、高価なドレスを買ってあげられる財力もない。

…ということで、この1年。娘の卒論に協力してきた。



娘の卒論は、映画・ドラマに関するものなので、私のキャリアと人生で獲得した知識と経験をすべて伝えることになった。
伝える過程において、私もかつて真剣に考えたことを、もう一度勉強し、整理し、新たなる発見があった。


NHK交響楽団と東京芸術大学を退官したフルーティストの吉田雅夫先生は、音楽大学の講師になった時、担当した学生に、「君のおかげで、もう一度バッハの勉強ができる。ありがとう」と感謝の言葉を述べたというが、私も同様な気持ちである。



娘との考察の中で、伝統的なドラマツルギーが否定されるという画期的なことが起きた。

「平成の観客は、早回しと、ザッピングが可能なリモコンを持っている。したがって、起承転結という構成論は成立しない」。

どんな場面でも、盛り上がりに欠ければ、視聴は中断される。「起」だからと、設定ばかりで、何も起きなかったり、「結」だからと、事件の理由をくだくだと述べることは許されない。



私のキャリアは人に誇れるようなものではない。はっきりいって、「たいしたことはない」。無名なギョーカイ人崩れである。そのような私が娘に伝えることがあったのは、私は優秀ではないにしても、私の先生や、リスペクトした人たちが優秀だったということに尽きる…。

娘のキャリアは4月から始まるが、私が30代後半までに体得したことがすでに頭に入っている。娘曰く、「知っていることをそのままに出すと、反発を食らう。どうやって、泳いでいくか…」だとか。


娘が、自分の人生よりも、すこしはマシな人生を歩んでくれ、嬉しい。

そう思える私は、親として、少しはマトモなのかもしれぬ。(わが親は、そうではなかった…)
posted by スポンタ at 07:18| 東京 ☁| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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