2016年08月21日

追悼・中村紘子氏…。(死者に鞭を打つ私)

今朝の「題名のない音楽会」を観ていたら、先ほど亡くなられたピアニスト・中村紘子氏の追悼番組をやっていた。
番組冒頭のナレーションでは、「世界レベルに日本の音楽を引き上げた」と紹介された。だが、どうだろう。


番組では、中村氏の生前の演奏が紹介されていたが、タイム感・ハーモニー感のない演奏であった。タイム感のない演奏は、日本風味であって、西洋音楽の最上のものではない。タイム感とは、身体の中にメトロノームを持つことである。
そのような視点で、「若者たちを指導することが、日本の音楽レベルを低迷させる原因である」と、彼女はまったく理解しないまま、この世を去った。


彼女が評価した若い才能として、牛田智大君があげられるが、彼のテンポルバートな演奏は、「糸の切れた凧」のようであり、グロテスクである。



日本が生んだ世界的なピアニスト、内田光子さんと比べてみるとよいだろう…。



ハーモニー感も、彼女の演奏からまったく感じられない。これは、日本趣味・異国趣味であって、西洋音楽の本道ではない。

たとえば、リストの愛の夢 第三番は変イ長調である。これは、この曲が、変イ、つまり、Aフラットの音で終わる。Aフラットの和音が基調であることを示している。つまり、そのことを表現するような演奏でなければならない。ペダルを踏む、踏まないではなく、和音が継続していることを感じさせる演奏をすべき。

日本の民謡を題材にしたオーケストラ曲などを聴くと、私はいたたまれなくなる。その理由は、日本の民謡には、和音という概念がないので、オーケストラ曲にはならないからだろう。



小沢征爾・中村紘子…。
桐朋学園の子供のための音楽教室ほど、日本の西洋音楽を歪めたものはない。関係諸氏からの反論を待っている…。
posted by スポンタ at 19:01| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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