2007年06月06日

アルゴの時代31:マスコミのマスゴミ性とネット言論のクズ性。


finalvent氏のブログに、「ネットの言論はクズ」とのエントリーがあげられている。

言及しているのは、 

切込隊長BLOG(ブログ): 新聞社OBに「ネットの言論はクズだ」とボコられる


というブログについて。

気になる文言は、

 義塾のOBでかつ新聞社OBの皆様と酒を飲み、言論の世界で「ネットの言論はクズだ」と文字通りボコボコにされたのであります。


である。

このブログの常連さんであれば、私が日本新聞労働組合のパネルディスカッションに参加し、懇親会に参加し、そのあと、お茶をしたことをご存知のはず。
東京財団のジャーナリズの「それから」研究会の主催の歌川氏は、かつて毎日新聞編集長だった新聞人である。

私と彼ら・新聞人との対話は、すでに10時間を越えるだろうが、「ネットの言論はクズだ」と言われたことはない。
たしかに、労働組合のイベントの懇親会で、私の周りに集まってきたのは、とりわけ若手の方々が多かった。
講師のひとりである私への配慮もあり、「ネット言論はクズだ」と、詰問する新聞人はいなかった。

私は不遜にも、その理由を「ネットの言論はクズ」との言葉を武器に私に挑んでも勝ち目は無いと、彼らが諦観しているからに過ぎぬと見ている…。

否、本当の理由は、私が圧倒的な妥当性を持っているのではなく、ネットが圧倒的な妥当性を持っているからだろう。

組合のイベントに集まった人達は、ネットに対するルサンチマン(怨念)を越えて、極めて冷静に現実を見つめていた。だから、私に「ネット言論はクズ」と、毒づく人はいなかった。

だが、そのような議論が、有効な気づきをもたらすことでできなかったことが残念ではならぬ。

私は、「ネット言論はクズ」との詰問に、「マスコミだって、マスゴミじゃないか」などと反問しないし、「素晴らしい議論だってあるもんね」などと嘯くこともしない。

…ということで、アルゴリズムの視点から、マスコミ言論とネット言論について以下に考察する。



ネット言論にいっさいのインテグレート(統合・総合・代表)システムは存在しない。
結果、ネット言論に存在するのは、フラットなアルゴリズムである。

フラットなアルゴリズムが専横した場合に発生する現象は、ポピュリズムとクレーマーマーケティングである。

*

ポピュリズムの代表例が、コンテンツの内容に一切勘案せず、アクセス数で勘案するグーグルに代表される検索エンジンである。

ヤフーは、いまだにポータルサイトである。登録申請者を人間が判定して、ツリー状のデータベースを作っている。
そこでは、どんなに田代砲を発射しても、マン・オブ・ザ・イヤーに田代まさしが選ばれることも、一試合にも当番していないヤクルトの投手が、オールスターファン投票の第一位になることもない。

グーグルの検索結果に、田代砲的な恣意的な操作の影響を否定できぬ。それがポピュリズムの弊害である。

*

クレーマーマーケッティングとは、たった一人の異分子の存在によって、コミュニティー全体が影響を受けることである。

たとえば、9.11事件以降、航空業界ではさまざまなことが起きたという。
結果、客室とコックピットのドアは閉じられ。パイロットを夢見る少年が安全運航の中でも、コックピットを見学することができなくなった。
オーボエ奏者の宮本文昭氏は、リードを浸す水の小瓶を機内に持ち込むことができず、激怒したという。

日本人の小学生が自爆テロをする可能性は殆どゼロだろうし、国際的に知られる演奏家が楽器に武器を仕込んで悪事をする可能性もない。
ことの原因は、日本の航空界がアメリカの航空界のいいなりになっている。それだけのことだ。

すべては問題発生率と重要度を相対的に勘案して、対策を練るべき…。

自殺者が出たからといって非常階段の設置を禁ずることはありえないし、シンナー遊びをする若者たちがでたからといって、シンナーを使ったペンキを禁止することもできぬ。せいぜいは、シンナーという言葉狩って、「うすめ液」とすることだ。その対策が、シンナー遊びをする若者の英語力を勘案してのものだとするならば、極めて合理的であるのだが…。

*

つまり、インテグレートシステムの不在。
フラットなアルゴリズムの専横が、ネット言論の欠点である。





一方のマスコミは、ヒエラルキルなインテグレートシステムの専横が、大きな欠点である。

マスコミのヒエラルキルなコミュニティーは、情報共有と、ステークホルダー(利害)の共有と、ルサンチマン(怨念)の共有によって、集団的求心力を得ている。

*

新聞社に存在するコミュニティーを、プロ野球のチームに置き換えて考えてみるといいかもしれぬ。

チームでは、作戦と、コーチのサイン、対戦相手のデータを共有する。情報を共有することが、団結の土台である。

そして、ステークホルダー。試合が勝てば給料が上がる。試合に負ければ給料が下がる。観客が増えれば給料があがる。観客が減れば給料は下がる。チームの評判があがれば広告主が増え、給料への好影響を期待できるかもしれぬ…。

そして、ルサンチマン(怨念)。自分のチームの選手がブラッシングボールを受けたら、ベンチを飛び出さなければならぬ。喧嘩は嫌いとばかりに、ベンチに居つづけたならば、チームのメンバーとして失格である。
中日の星野監督は闘将として知られるが、グランドでの乱闘シーンで選手のチームへの帰属心を査定していたに違いない。

*

どんなコミュニティーでも、そんなことが起きている。

それがなければ、コミュニティーが存在しないか、コミュニティーが崩壊しているに違いない。



マスコミの一部の言論が、ネット者たちによって「マスゴミ」と形容されるのは、ステークホルダーとルサンチマンに満ちた言論であろう。

*

・たとえば、北海道新聞が県警と行なっている裁判。事件発覚時は真実の報道であり、社会的な貢献もあったのかもしれぬ。だが、それを裁判として継続することは、ルサンチマンでしかない。

・たとえば、北陸線の特急列車内の強姦事件の報道がある。これは、センセーショナリズムを盛り上げることで販売部数を増やそうとする、ステークホルダーである。

・たとえば、奈良県で、深夜の分娩時に脳溢血が発生し、高度医療を持つ医療機関が存在しないにも関わらず、社会的な問題として提出した報道も、ステークホルダーだろう。

・ノバや自費出版系の出版社など、消費者からのクレームが多発している企業の広告を掲載しつづけるのも、ステークホルダーに違いない。

・佐賀知事の定例記者会見で、在日記者が皇室侮蔑発言をしたのも、歪んだルサンチマンとステークホルダーの結果といえるかもしれぬ。

・そして、毎日新聞の「ネット君臨」特集。このコラムの背景には、ネットを敵視する新聞人たちのルサンチマンがある。そのルサンチマンは、彼らのこれまでの文脈である、反体制・反権力を纏っている。だが、ネットは本質的に体制に捉われないのが特徴。ならば、それこそがアウフヘーベン(止揚)した反体制・反権力。「ネット君臨」という視点の足元は覚束ない…。



そして、情報共有である。

ネット言論はアルゴリズムのフェイズを持たないから、情報の共有の義務はない。

特定東アジア関連事案において、対立者たちがいかに言い争おうと情報を共有しない。
いかなる写真や文献が出できても、その存在を否定する。

つまり、情報は共有したとしても、情報の真実度のタグにおいて、共有しないのである。

*

実は、これこそがネット言論がインテグレートされない理由である。

そして、インテグレートするシステムを作れば、そのシステムの恣意性によって、ネット言論にセグメント(境界線)が切られる。そして、コミュニティー(分衆)が成立してしまう。

それは、大海ともいえるネットが分断されることでもある。

それでは、情報の大海であるネットの意義がなくなるので、同時多発的に多様なインテグレートシステム・多様なアルゴリズムを並存されることによって、ネットの大海性を保持しようというのが、私の言論である。

恣意的なアルゴリズムを隠蔽してネットに君臨するグーグルなど、もっての他なのだ。



私はかねがね、誤読の可能性が指摘される文章が誤読される可能性は低く、誤読が指摘されぬことこそ、危険性が高いと指摘している。

同様な理屈でいえば、恣意的であるブログの言論に罪はなく、客観・公平・中立を読者に期待させる媒体(メディア)で繰り広げられる恣意的な言論にこそ、悪性があり、罪深い。

*

そこにこそインテグレートシステムを持つことの厳しさがある。

インテグレートシステムを持たぬネット言論では、情報の非共有は自然なことである。

だが、ヒエラルキルな言論(マスコミ)では、情報の非共有は巧まれたものであって、情報を共有したあとで、情報共有の拒否を宣言したものである。

認識することは、賛否を明確にしないが、存在を否定ないことではある。
だが、マスコミ者は、そういう桎梏を越えられないので、「自分が情報に接した過去」を隠すのである。

しかし、かくれんぼをしても、尻尾は見えているし、かくれようという意志が、彼らの後ろめたさを表現している。



finalvent氏のコメント欄に次のように書いた。


ステークホルダって言葉を使っている人がいると、ちと嬉しい私。

ネット言論はクズってのは、十把一絡げにしてるだけっすよね。

ただし、クズだと分かるクズ(ネット言論)は、まちがって食べてしまう可能性はないが、クズだと分からないクズ(新聞の中の歪曲言論)は、まちがって食ってしまう可能性がある。

梅田氏が産経新聞の「正論」に書いていたが、うっかりすると、そいつを正論だと思ってしまう…。
ITが進化するってことは、ユーザーに特別な技能を求めない時代になるに違いないのに。

そいつのほうがヤバイし、そういうのを提出する輩の方が、もっとクズじゃないかな…。

既存メディアは、ステークホルダーだけじゃなく、ルサンチマン(怨念)的でもある。

な、感じ。おじゃましました。


・情報共有

・ステークホルダー

・ルサンチマン

これらの基準で自らの言論を検証し、自らの言論の特性を明確化し相対化させる。
それが、これからの情報発信者のダンディズムにならなければならぬ。

そのようなものを評価者に依存するようでは、いつまでたっても、ネット言論はクズのままなのだろう。

私は、「自らのステークホルダーによって身動きのとれぬマスコミ」を合理だと思うし、その合理を捨ててしまえば、マスコミが瓦解すると考えている。

その意味では、ネット者に求められる明日への道と、マスコミ者に求められる生存の道はかなり隔たっていると考えてもいる…。

07sponta
posted by スポンタ at 09:15| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あれ、TB撃たせていただいてたんですがうまくいかなかったんでしょうか……?
Posted by Death at 2007年06月07日 10:19
ルフトさん、コメントありがとう。TBがうまくいってないみたい。

言及ブログは以下。

http://www.luft2501.com/2007/index.xcg?entry_ID=145

その引用ニュースアグリゲートサービスは以下。

http://newsing.jp/entry?url=d.hatena.ne.jp%2Ffinalvent%2F20070605%2F1181001646

対話は深層化する。だが、それをIT技術は追っかけていく。

そういうことなんだろうな…。
Posted by at 2007年06月08日 07:07
あ、わざわざはりなおしていただいて感謝です。
お世話かけます。

当該案件についての newsing での対話は残念ながら上っ面ナメて終わっちゃったなぁ、という印象です。とはいえ、ああしたツールが何かを見せてくれることには違いないのかな、と。
Posted by Death at 2007年06月08日 09:57
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0