2016年07月02日

ドラマの本質。

娘の卒論がらみで、ドラマについて考えている。

そこで、〈知人〉の一言ですますには程遠いシナリオライターのサイトを訪れたら、以下のような文言に出会った。

13年間続いた番組の企画会議での出来事。場所は、在京キー局。

その男は、「子供に楽しく分かりやすい学習番組」など書きたくなかった。
で、言った。

「○○年に誰が何を発明した、なんて教科書で暗記させられるようなことは書きたくありません。そのものが、なぜ、この世の中に必要で発明発見されたのか、そのニーズ、必要性を書きたいと思います。といったって、昔の人の気持ちは分かりませんから、僕にとっての必要性を書きたいと思います。つまり、電気のない時代に僕が生まれたら、電気が必要かどうか。汽車のない時代に生まれたら汽車が必要かどうか。自分を中心に考えた必要性を面白おかしく書くつもりです」

すると、小説で「日本」を「沈没」させた監修のSF作家の大家が言った。

「もう、私の監修は必要ないでしょう。後は、首藤さんにおまかせします」

びっくりした。名刺交換しかしていないのに僕の名前を覚えているSF大作家の記憶力に……。
他の方たちは、SF大家のさっさとした決断力に驚いた。
そして、みなさん、ほんとうにやりたかったのは「子供に分かりやすい学習番組」などというありふれたものではなく、他の「何か」だったのだ。

http://www.style.fm/as/05_column/shudo226.shtml

SF作家の大家とは勿論、「日本沈没」の小松左京氏である。

弟子筋の私が、彼の死後6年たって、思うのは、「在京キー局の企画会議の議論のレベルが、いかに低いか」ということである。

首藤氏が言っているのは、「自分はストーリーではなく、ドラマを書きたい」という単純なこと。
「ストーリーとドラマの違い」がテキスト化され、ギョーカイの共有知になっていればいいのに、それができていない。

簡単にいうと、「ストーリーは外部性的な出来事の集積」であり、「ドラマは内観の反映」である。


つまり、小松左京氏は、ストーリーとドラマの違いが分かっていて、このケースに明快な判断をした。
そして、その会議に参加していた人は、ことの内容を理解したのか、大家の言葉に圧せられたのか、企画は進行し13年間続いた。

ただし、その後の番組の変化を考えてみると、「ストーリーとドラマの違い」が、会議の参加者の中で共有されていたとは思えない。

つまり、番組は、「はじめて」から、「どうして」になり、ナスカの地上絵や、シベリアの大爆発など、怪奇現象を扱うようになっていく。


現時点においても、ストーリーとドラマの違いは、多くの人が分かっていない。



首藤氏は、このサイトでの記述において、「シナリオ学校は無意味だった」というようなことを書いている。

その理由は、シナリオ学校が、「売れなくなった人の仕事」もしくは「売れた人の名誉職」であって、「たまたまシナリオライターとして生計を得られた人たち」の片手間仕事の場だったからだろう。

サイトの最終回の記述で、シナリオライターたちの業界団体のことが、構造的に抱えているが、それを書くに至った仔細は…。

死人に口なし。想像するほかないが、名誉を得た人たちの「昭和な人間関係」が見えてくる。


彼は、それを乗り越えることができなかったから、アニメの専門になった。
posted by スポンタ at 08:28| 東京 🌁| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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