2016年05月11日

マービン・ミンスキーの時代が終わる…。

「人工知能の父」と呼ばれたマービン・ミンスキーが88歳で1月に亡くなっている。
とある学会誌に、彼の特集があり、MITメディアラボで3月17日に追悼式典が開かれたという。

私は門外漢だが、
1956年のダートマス会議が、人工知能の研究が始まったに等しい重要なイベントであり、20代で、彼は出席したのであって、彼の逝去によって、その世代の時代が終わった。

ミンスキーは、「2001年宇宙の旅」の科学監修者をつとめたのだとか…。



ある研究者は、1960年代は、学生も教員もミンスキーとの自由な交流を楽しみ、高次の科学認識や概念学習の理論を開発していたのであって、ストールマンのようなハッカーを尊重し、それがオープンソースソフトウェヤや、インターネットの文化を生み出した、と述懐する。

いまや、ストールマンのコピイレフトを知る人も少ない。
つか、若い人たちは、著作権を気にするばかりで、インターネットの理想を知る人が少ないので、悲しい。


誰とでも、インターネットで友達になって、知を共有する。そんなことを、今考えている人は、少ない。私は、その理想を忘れたくないから、いまもブログを書いている…。
(・_・;)



人工知能開発も、現在は、第三世代だという。
ある研究者は、「昔は、科学・哲学的な考察が多かったが、最近は、技術開発ばかり」と嘆く。

マービン・ミンスキーはピアノも弾くし、数学者・情報技術者でありながら、思想家・哲学者でもあった。

ある研究者は、ミンスキーを真似て、エッセイのような論文を書いたが、査読官に不採用にされたという経験を語る。
エッセイのような論文を認めさせるミンスキーのスケールの大きさは、類を見ないのだろう。



ミンスキーは、第一世代の人工知能学者の中で、唯一、チェスに手を染めなかったのだとか。彼は、5歳児の思考を模擬する研究をすすめたという。

「心の社会」(産業図書、1990年)であるが、大著であるにも関わらず、沢山売れたとか。

人間の脳は、決定論的な思考が行われているのではなく、あたかも、多数の人格によるコミュニティーが存在するかのように、脳が活動している…。

「複数の階層」の「複数の思考法と「複数の知識表現」が、より柔軟に問題解決できる。

それは、まさに「近代主観主義」の否定であって、「集合知による知性」の優秀性を指摘している。

もちろん、この場合の集合知は、多様な個性であって、予定調和的なコミュニティーによるのではない。

posted by スポンタ at 11:18| 東京 🌁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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