2016年04月07日

スターウォーズにおける、「フォース」の価値。

映画について、ドラマについて、どれほどの人が理解しているのだろうか。

専門家はマニアックな理論に陥って、一般鑑賞者とは乖離。専門家たちは持論を、大衆の意見と対照することはない。

さて、この記事のタイトル「フォース」である。



映画作品の世界観は、映像美術に反映されるが、その核である思想が必要。
それが、スターウォーズにおけるフォースである。

同様に、「無常」という概念がなければ、「平家物語」は深みに欠けるし、「初恋」という核がなければ、「冬のソナタ」はつまらない。




一般的な宇宙戦争ものと、スターウォーズを分けるのは、「フォース」という概念のあるかないか。ではないか。
確かに、宇宙船や武器のつくり、怪物たちの完成度は高いが、スターウォーズが、ほかの作品と「別格」なのは、フォースという概念があるから。
などと、想う。



その意味では、数あるカンフー映画のうちで、「燃えろドラゴン」が別格なのは、メジャーアメリカ映画であることではなく、作品冒頭で主人公が師匠から言われるセリフ。
Don't think. Feel.

の存在ではないか。理性ではなく、感性。
ピストルで打ち合う西洋の活劇と、拳で戦う東洋のカンフー映画。そういう即物的な違いではなく、主人公たちの生き方が異なる。

つまりは、妹を奪われた主人公が、拳で挑んでいく。
それは、自分の利益のために、ピストルで他者を殺していくのと、大違い…。

アクションファン、ガンファイトファンに向けて、これらの映画が作られるのだろうが、思想がなければ、名作・ヒット作は生まれない。



宇多田ヒカル女史の前亭主の映像作家は、宇多田ヒカルのプロモーションビデオ「トラベリング」では才能を発揮していたと想う。

しかし、彼が監督した映画はおおむね評判が悪い。その理由は、「映像的には、作家の才能が感じられる」が、「シナリオ的・思想的」な深まりに欠けるのだろう。

プロモーションビデオでは、思想的な核は必要ないが、映画ではそうはいかない。



Don't think, Feel.とはいかないのである。



こんなサイトがあった。

http://www.cyzowoman.com/2015/11/post_18077.html

スタッフが言うことを聞かないというが、実際は、スタッフの伝統的なやり方を上回る技法を彼らが持っていなかっただけであろう。

ポン寄りなど、スタジオでしかわからないタブーは多いのである。
posted by スポンタ at 00:00| 東京 🌁| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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