2016年03月08日

司馬遼太郎は、昭和の御用作家である。

戦前の御用作家としては、小説「徳川家康」の山岡荘八が有名だが、司馬遼太郎を、御用作家と見る向きは平成の今もないだろう。

山岡は、「民衆の戦意高揚な精神」に影響する小説を書いたのである。
一方、司馬遼太郎は…。

司馬氏が御用たる理由は、「外国勢力の影響」の結果である歴史的な事実を、「外国勢力とは無縁の出来事」として、描いたことである。



あまり知られていないことだが、自由の反対は、不自由ではない。
自由の反対は、旧体制(アンシャンレジーム)。なぜなら、自由という概念は、フランス革命で叫ばれたから。

同様に、平等の反対は、不平等ではなく、身分相応。



さて、司馬氏の特集をNHKでやっているが、最初の回は、「国盗り物語」だった。
番組では、司馬氏が、信長・秀吉・家康の代表的な武将をとりあげ、それぞれ「壊すタイプ」・「作るタイプ」・「つづけるタイプ」と形容したと紹介した。

しかし、戦国時代の要因は、封建制度の崩壊であって、その裏には、貨幣経済の浸透があり、そこには、外国勢力・イエスズ会の影響は必至であろう。

お賽銭は信長が始めたというし、卸や問屋の制度も、信長が…。
つまり、そういう社会制度的な、または、貨幣経済に関連した外国勢力の侵攻を表現せず、武人の「個性」にのみ関心を持った。
それが、私が司馬氏を御用作家と見る理由である。


同様に、明治政府が英国の傀儡政権であるのに、それを幕末の志士たちの「個性」によって表現した。
龍馬の姉への手紙を思えば、何故、龍馬に、そのような通信費用があったのか、疑問を持つのが当然だが、司馬氏は…。

また、日本海海戦は、英国海軍からやってきた観戦将校のお手柄なのに、日本の軍人の「個性」を小説にした…。

そのような司馬氏が紡ぐ「この国のかたち」…。
結局のところ、それも、自虐史観であって、「外国勢力の介在」を一切表現しない。



日本の本質は、
「縄文的な自給自足社会が、弥生的な寄生社会と遭遇し、妥協しつつも、縄文的なルーツを根絶やしにせずに、現代に至る」
である。

それは、縄文的な文化の「弥生的な文化」に対する敗北の歴史である。

しかし、たびたびの敗北にも関わらず、私たちには縄文の精神が生きている。


それが、日本である。



教科書は正史であって、稗史ではない。
平成の私たちは、稗史を紡がなければならぬ…。

それが、ニューヒストリシズムである。

稗史を書こう。
そう思っている。


posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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