2016年03月03日

「物言う人」は異常である。

娘の友人が出版社でアルバイトをして、読者アンケートの仕訳けの仕事をした話を聞いた。

娘曰く、「読者アンケートは、ガス抜き」であり、私は、「消費者の意見を現場に活かす」と言う。

そこで、私は「違うよ」と。



若い頃、ラジオ番組の制作をしていた頃、番組にリスナーの手紙がやってきて、スタッフ全員で、まわし読みをした。
私が、これらの意見を番組に反映しましょうと言うと、局のプロデューサーは、「ラジオを聞いて、意見のはがきを書いて寄越すような人」は「ちょっと変わっている人」であって、「リスナーの大部分」とは違う」と。


書籍の読者アンケートにはがきを出すような人も「ちょっと変わっている人」であって、サイレントマジョリティー(物言わぬ大多数)とは異なる。

日々、不満を抱えて生きていたり、特殊な宗教の信者だったり、マスコミで仕事をしたかったり、そういう「特殊な信条・意欲」から、得にならない「自己主張」をした人たちということである。

そのような意見を「現場に反映したら」たいへんなことになる。「ガス抜き」には、ガスを抜かなければならない理由がある。



本来は、「物言わぬ人」に「物を聞く」のが理想であり、「物言う人」は、少なくとも(文化的同一性の高い・ハイコンテキストな)日本社会において「異端者」。

それは、市民運動をやっている「プロ市民」を思えば理解できるかもしれない。
彼らに「価値を求める」のは、純朴・素朴な魂であって、現実は複雑である。
さらにいえば、彼らが「なんらかのインセンティブ(動機付けのための資源)を得て活動している」可能性は高い。



「ものを言わなければ、わからない」と当然のような理屈は、ローコンテキストの社会に限定される。

ハイコンテキストな日本では、他者のことを思いやり、自省的に、自分の内観を追求すれば、「人に聞く」ことは最低限で済む。
posted by スポンタ at 07:27| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタと娘…。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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