2015年12月09日

ミーメーシス(模倣)と近代主観主義。

わかりやすい芸術論が少ないと思う。

放送大学の「美学・芸術論」の講義を見ているが、なかなか理解できないと思う。というか、生真面目に、アリストテレスの「詩学」などを読むと、混乱するばかりで、さらに分かりにくいと思う。

そこで簡単に以下に要約する。



啓蒙主義の時代以降の芸術は、「近代主観主義」に捉われているが、それが「普遍的な視点」ではない。

普遍的な視点とは、「芸術とはミーメーシス(模倣)」とするアリストテレスの考え方である。

アリストテレスは、「全能の神がつくったこの世界は、完全である」が、しかし、「現実は、偶然が左右・介入するので、完璧ではない」。それを補うのが、「現実を模倣(ミーメーシス)した芸術である」とた。




アリストテレスにおいて、芸術家の「主観」は存在してはならぬ。あるのは、「神」だけなのだから…。

一方、「近代主観主義」は、作家・個人の主観において創造されるものである。

ここが、大きな問題であり、近代商業主義において、製造者が主観的になれば、マーケットから遊離し、作品の価値は覚束ない。



さらにいうと、「進化論」において、「新しいもの」に価値が求められるのであって、「ミーメーシス(模倣)」という立場では、「新しいもの」に価値があるとは限らない。
その意味において、忠臣蔵や、ロミオとジュリエットが翻案されて、上演されることは、伝統の継承であって、「パクリ」と批判されることはない。

スタンダードを理解するためには、アリストテレスのミーメーシス(模倣)という概念を理解しなければならないのである。



私たちは、進化論やモダニズムの中で生きているが、クラッシック音楽では、19世紀の作曲家の作品を古臭いと批判しない。私たちは、自らの矛盾に気づかなければならないのである。
posted by スポンタ at 15:16| 東京 ☀| Comment(0) | 芸術論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0