2014年07月03日

物語化(ナラティブ)の重要性…。

娘は、社会イノベーション系の研究会に属している。

先日の日曜日、国際交流イベントと称して、フットサルと懇親会を行った。フットサルに娘は参加できなかったが、友人達をかき集めて、懇親会に参加した。



国際交流といっても、その構造は合コンとたいして変わらない。

前の週に、明治大学・日本女子大学のサークルが歌舞伎町で、飲酒昏倒脱糞事案が起き、マスコミをにぎわしているので、「未成年の飲酒厳禁」・「ドレスコード」など厳格にして実施するようにアドバイスした。

本年度も娘は給付型奨学金に内定した。したがって、何かが起きたら、内定取り消しになるので、娘にとっても真剣である。

ゲリラ雷雨の襲撃もあり、娘が誘った人の半分ほどしか来なかったが、歩留まりのイメージができたと思う。

娘は、30人ほどに声をかけ、10人ほどが「来る」と言い、実際に来たのは、その半分───。
歩留まりは、イベントの内容によって異なるが、前売りでない形式でイベントを行うなら、考慮すべきである。

つか、前売りという制度は、そのための保険として存在すると言ってもよい。



さて、新しく出来た研究会で、伝統も慣習もないから、イベント後もホッタラカシ。これでは、現場に来ていない教授は、点数を付けられない。ということで、報告書を書くべきとアドバイスした。

*

さらにいうと、報告書とは何か…。

これこそが、この記事のタイトル。物語化の作業である。



サッカー好きの男子学生が、フットサルをやりたいと思って、企画した。

イベントの後は、飲み会だよね。ということで、懇親会を設けた。

娘によると「企画書は存在しない」というから、そんなことだろう。

しかし、物語化するなら、

「サッカーは、言葉を超えた世界の共通言語である。ブラジルワールドカップが開催されているこの時期、フットサルで国際交流を図ろうとこのイベントを企画した。フットサルの試合中は、会話などができないので、試合後に懇親会を設定した。」

となるだろう。



現実は「散文的」なものである。

それをシナリオにしたてていくのが、「物語化(ナラティブ)」である。

そこで表現されるのは、当事者の「意図・意志」である。


*

現実は、

外人と一緒にいるのって、自分が国際人になったみたいでカッコイイし、サッカーもしたい。女の子と飲み会なんてサイコーだよね。

なんてことかもしれぬ。

しかし、ナラティブによって、それが統一感を持ち、情報として価値を生むのである。

*

さらにいえば、物語化によって、歌舞伎町で起きた明治大学・日本女子大インカレサークルは、早稲田大学スーパーフリーの延長戦上に位置づけられる。



娘の参加した懇親会は、海老蔵が問題を起したエリアだったが、まったく問題はなし。和気藹々のうちにイベントは終了したのだという。

私も、集合写真を見たが、高校の同窓会の集まりのような和やかな雰囲気が漂っていた。

歌舞伎町を選んだ時点で、学生たちの魂胆がほのかに見える。といったら言い過ぎだろうか。
勿論、西麻布も別の意味で、危ういが…。



あとは、これをキッカケに、どうやって、先生からAやBの成績をもらうか。

それが今回のイベントの究極の目標である。しかし、それは決して、物語化してはならぬ。これが、ナラティブの主観性…。



報告書は極めて重要である。

…そんなことも娘に教えなければならぬのか。または、大学では教えてくれないのか。

と、唖然とする私。
(・_・)
posted by sponta at 19:23| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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