2013年09月11日

インターネットにおける情報発信の常識。

インターネットは匿名空間ではない。そんなことを知らない大学生が、情報を勉強する学部にも存在する。

インターネットの情報は、インテグレート(統合)されれば、実名も所属も明らかになる。

つか、無闇にインターネットに発信する人は、潜在意識的に、統合されることを望んでいる。そのことを積極的に理解しないと、とんでもないことになる。




大阪市立大学の卒業生だったケツゲバーガー嬢は被害者だが、中央大学のブスリークス嬢や早稲田大学卒の週3鼻ゴリラ嬢は自業自得である。

インターネットなどと難しいことを言ったが、一言でいえば、「お天道様はお見通し」。そのように生きていれば、発言していれば、何の問題はない。
要点は、自分の中の「劣情」を理解し、「劣情を上手くやり過ごすこと」することが、上手く生きるコツである。



優越感や、自慢したい気持ち、嫉妬などは劣情である。これらは、人間のコミュニケーションを台無しにすることは勿論、人間としても、それを心の中に抱えていることは、精神的に不衛生である。

日常的に、そのようなストレスを開放しておかないと、とんでもないことになる。そういう心の健康が大切であり、それができていないと、そのストレスをインターネットのコミュニティーサイトに、ぶつけることになる…。



さて、問題が起きてしまったら、どうするか…。これが重要であり、本記事の主旨である。

1. スルーする力(やり過ごす、気にしない)

2. 言論の希釈(別の話題で、当該事案の存在感を薄める…)

3. 徹底的な自己批判(自分の非を認める。相手の意見を受け入れる)

4. 当該記事を削除する。(削除したことが話題になってしまうが、それも仕方が無い)


やってはいけないのは、

1. 反論する。(相手を非難する)
…反論すると、相手に発言のキッカケを与える。燃料投下。

2. 自分の正当性を主張する。
…あるべきはエビデンスだが、それさえも、被害者を増やしたり、相手に反論の余地をあたえかねない。

*

インターネットはリアルとはまったく異なる原理で動いている。


結局のところ、インターネットはネタ消費(インターネットだけのお話)なのだから、やり過ごせばいい。
だから、どこかが公式に声明を発表したりすると、ことは別の次元に発展する。
アディタスが謝罪したり、ホテルが謝罪すると、ネタ消費をリアルな案件に引き上げてしまうのだ。



インターネットのコミュニケーションの微妙なところは、「謝罪」とは表面的なものと捉えられること。
ならば、徹底的な自己批判しか事態を収束させる道はない。自己批判というと、否定的に感じられるかもしれないが、「対話の存在しない」インターネットでは、自己批判こそが「バーチャルな対話」なのである。

ノリツッコミのように、明るく爽やかに、自分を客観的に描く。それが理想である。
だが、2ちゃんねるで叩かれるような人は、そういう爽やかさを持っていないのである。



2ちゃんねるは好事家の読解力を必要としたが、最近ではNAVERまとめがある。
分かりやすいことが、よいことなのかどうか…。
極めて微妙なところ。

どちらにしても、自分の劣情と相対することが、極めて重要なのだ。
posted by スポンタ at 19:20| 東京 ☀| Comment(0) | ウェブメソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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