2013年06月08日

谷一歩さんの一家を思う

谷さんのことは一般的には無名かもしれないが、22股アイドルとして話題だったりする。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E4%B8%80%E6%AD%A9

彼女の奇怪な恋愛観は、イビツな家庭環境に起因すると予想していたが、先日、透視者の木村藤子さんが谷さんを霊視し、彼女の弟が引きこもりに近い状況に陥っているというので、彼女の実家を訪れた番組を見て、納得した。

彼女の父親は警察官であり、彼女の母親は元アナウンサー。



母親の思い込みが原因で、二人の子供達がオカシナことになっているのが、よく分かる。

母親は、引きこもり予備群の高校生がカメラに出るにつき、メイクが必要と終始気にする。木村さんは、「この状況でそんなことを気にするのはおかしい」と、指摘するが、母親は自分の異常さに気づかない。
木村さんが、子育てについて母親に尋ねると、「台所を水浸しにするまで、娘には水遊びをさせた」し、「布団にダイビングすることを、息子には自由にさせた」。それは大変だったが、自分は頑張った。…と。

「自由奔放に育てる」。そんな教育論を自己都合に解釈した母親は、身体感覚が乏しく、子供達に奇怪な子育てをした。「怒る・叱る」は、親にとっても不愉快な出来事。だから、母親は一切、「怒る・叱る」をしなかったのだろう。

彼女は、こどもたちが大学生と高校生になった今でも、こどもたちの機嫌を気にし、息子の髪の毛のことも、「おかしな髪型で出演すると、一日中不機嫌だから…」と、テレビクルーにメイクを所望した。そして、セッションが終わった最後には、「収録が終わったときに、こどもたちが笑顔だったから、よかったと思いました」と感想を…。



親から叱られたことのないこどもには、「叱られること」や「不愉快なこと」に対する耐性がないから、学校での人間関係で「嫌なこと」があったり、「叱られた」りしたときに、心の平衡感覚を失うのだろう。

母親は、「笑顔を見せる」ことを強いるから、こどもたちは、親の前で、「喜怒哀楽」のうち、「喜んだり、楽しんだり」することしかできない。しかし、人間の感情は、「喜怒哀楽」のすべてでバランスを取っているから、「怒りや悲しみ」のやり場がなくなり、精神の平衡を失ってしまうのだろう。

そして、「怒り・悲しみ」を見せない母親の、「喜び・楽しみ」は、実体を欠いているので、説得力はなく、こどもたちは、「親に愛されている実感」が欠落しているに違いない。

それでも、こどもたちは健気にも「愛されたい」と、努力するから、娘は国立大学に合格する。しかし、男の子は精神的に弱い(自己肯定感が弱い)から、自分の精神をコントロールできなくなり、引きこもりに陥るのである。
ただし、女の子も、「歪んだ自己肯定感」をさらに肯定するために、どう考えても歪んでいる男性観を主張して、「醜い自分」の肯定化を目論む。そう考えると、谷さんの「22股交際をマスコミに告白する」行動は極めて納得が行く。彼女の潜在意識は、「22股の恋愛を求めている」のではなく、「奇怪な自分の恋愛観を世の中に晒すことによって、自分を認めて欲しい」という母親に対する求愛行動である。



母親が、女子アナウンサーという表面をつくろう仕事(女優のように、人間のいいところも悪いところも見せる仕事ではない。タレントのように素の魅力を見せる仕事でもない)であり、父親が警察官というのも最悪。彼の仕事が、こどもたちが「犯罪者になってはならぬ」というストレスを常に与えていたに違いない。



中学高校の記憶がないという女性タレントは、母親の過度のプレッシャーによる母源病だったとの告白本を出している。その彼女が性的に奔放だったと関西芸能界では有名だという。
かたや、「性交渉の相手の人格を知ろうとは思わない」という非凡な日常を過ごしている女優の遠野なぎ子さんも、奇怪な母親に育てられた母源病である。

子育てをする人にとっても、なんとも恐ろしい話だが、実は、母源病というより、父親不在病なのかもしれない。

母親と理論が合体したときに、ひとつの確信を生み、それがエスカレートしていったときが、恐ろしい。
posted by スポンタ at 08:47| 東京 ☁| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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