2013年01月23日

深海に生きる魚族のように…。

大島渚氏の葬儀で配られたパンフレットに、彼の座右の銘が書かれていたという。


  深海に生きる魚族のように、自ら光らなければ、どこにも光はない。




ウェブで調べると、ハンセン病患者の詩人の短歌であるという。

http://web.thn.jp/kaijin/

因みに、我が校長・今村昌平監督が、葬儀で明らかにした座右の銘は、

すべては、ちんぽが硬いうちだぞ。


葬儀に飾られた自筆の額は、遺族らによって早々と片付けられたという。



葬儀に飾られたかは知らぬが、今村監督の師匠・川島雄三監督は


背伸びして、ミューズの踵にふれてみん。


との座右の銘を持っていた。



漢詩を訳したものだそうだが、井伏鱒二の

花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ。


というのも…。

彼の厭世観が如実に現れている。



葬儀において披露されるマキシム(箴言)というのは、その人の人生を表している。

私のファーストキャリアになった会社の社長であった映画監督は、

舞台は役者、映画は監督、テレビはプロデューサーが面白い。


との言葉を披露したが、彼は東宝で役者をやり、日活で監督をし、TBSでプロデューサをしたという幸福な人生だった。



私はどうかといえば、今、考えているのは、

招かれざる客の孤独に耐えること。加わったコミュニティーに利益があるような自分であること。


無名な私の人生を表現している。

*

因みに、昭和の流行作曲家の宮川泰氏は、晩年、タクシーの中でご子息に、「死んだらヤマトな」との言葉を残した。果たして、マツケンサンバで有名なご子息は、父親の葬儀で壮大な「宇宙戦艦ヤマト」の曲を流した。

私は娘に、「死んだら、スーパーマリオで第一ステージであっけなくゲームオーバーになったときの効果音を流して欲しい」と懇願している。

ピーチ姫に出会うこともない私の人生にはそれが相応しい…。

posted by sponta at 08:33| 東京 ☀| Comment(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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