2012年01月28日

スポンタはウェブ研究家です。


このブログは、インターネット研究/情報統合研究のソシアルトライアルとして、スポンタ中村が運営しているものです。

世の中には、マスコミ(テレビ/ラジオ/新聞)が、既得権者たちの言論誘導/言論陽動/世相操作/思想工作の巣窟であり、市井人が頼るべきはインターネットという言説があります。

しかし、既得賢者達は当然のように、インターネットにも陽動/陰謀/工作を巡らしていて、インターネットがマスコミと同じように混沌たる状況になっている。ネットは、玉石混淆のメディアと言われているが、そこに石を混ぜているのは、マスコミに類するインテンティブ/ペイを得た人たちであっことを、私達ネット者はすでに気がついている。

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例外はあるにしても、種火と炊きつけと風。そのすべてが揃わなければ、劫火は生まれない。

幕末に「ええじゃないか」という騒動があったというが、種火(お札が降る)があったとしても、躍る人がいたとしても、腹が減っては、街中で踊ることもできぬ訳。
つまりは、なんらかの勢力が、火が燃え上がるように風を吹かせたのに違いない。

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…この傾向は今後ますます強まってくるに違いない。

そのような時代の流れの中で、「より真実に近いもの」を抽出するにはどうしたらいいかを、思索/研究するのが、スポンタのライフワークです。



2012年になり、インターネットはすでに一つの形を現したかに見えます。
しかし、それは、マスコミの代替物としてのインターネットであって、1960年代に、インターネットが設計されたときの理想とはかけ離れてしまいました。

インターネットの理想とは、「見ず知らずの人が忌憚なくコミュニケーションすること」そして、「知的財産をすべての人が共有すること」です。

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リアルな場には、階級的世界がひろがっていて、貧富の差があると行動の場が異なるため、交流ができない。だが、インターネットは純粋に一つの場だから、自由に邂逅/対話/交流ができる。

インターネットは、無限の地平だから、知的財産をストックするための制限はない。書籍であれば、印刷代/製本代などが掛かるから、費用を誰かが負担しなければならないのは当然。だが、インターネットにデータをアップすることにほとんど経費は掛からないので、どんなにディープな資料でも、世界中の人が接することができる。

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だが、インターネットの現実は、リアルな場の影響を受け、SNSというクローズドなコミュニケーションが乱立し、オープンコミュニケーションな場の繁栄を阻むように、「匿名情報に価値は無い」、「実名発信こそ、信頼できる」などという言説が巷間流布されている。

これは、「原子力発電所は安全」という戦後の日本のマスコミが紡いできた言説と同根のものであって、それを信じている人たちは、「紀元前後に性交なしで妊娠した寓話」を信じている人たちと同じ。…「信者」である。

音楽業者は勿論、出版業者もインターネットの理想の時代がくると、自分のビジネスフィールドが消失するから、さまざまな陽動言論をしかけている。
だが、パッケージビジネスがなくなっても、ライブ音楽活動をすればミュージシャンは生きていける。音楽業界も出版業界も、インターネットでのパッケージ流通を阻害する妥当性は少ない。

ピーター・ガブリエル氏は、「アフリカの見知らぬ国で、自分のCDの海賊版が出回っている」と聴くと、「そうか。私の音楽を好きな人たちがいるなら、今度、そこでライブをやろう」と、語ったという。インタビュワーは、海賊版に揶揄するアーティストを期待して質問したのだろうが、現実はそのようにできていない。すべては、コンテンツ力のないコンテンツディーラーが仕組んだことであって、コンテンツ力のあるアーティストはまったく別の次元で動いている。
さらにいえば、ディーラーがマーケットを考慮しないで、自己都合で動いたら、自滅するのは当然。そのようにして、音楽業界/出版業界は破綻への道を進んでいる。



このようなことを書いているのも、先日、高校の部活の先輩から、「記事を削除すべき」と言われ、削除したから。とはいえ、インターネットの事情に詳しくない人には理解できないから、あえてそうしたのだが、あまり意味はない。
何故なら、グーグル検索ではキャッシュが残るから、記事を削除しても情報にヒットすることができる。当該テキストが近々出版されるとのことで削除を要求されたのだが、私には、その理由に妥当性を見出さない。

このテキストを読んでいる人は、だったら相手方に反論すればいいではないか。と、当然のように思うだろう。だが、インターネットはPULLのメディア。だが、メールはPUSHのメディア。つまり、メールを送ることは「相手に、私の土俵に上がれ」と強要することであって、相手にとって理不尽なこと。彼はリアルな場を生きていて、私はインターネットの理想を目指す。ならば、お互いの乖離は埋められないし、深いコミュニケーションがないなら、それを相手に求めるべきではない。

*

インターネットの特徴は、以下である。

1.ログ性

2.バージョンアップ性



多くの人は、インターネットの特徴を、

1. すぐに発信できる。

2. 世界中の誰にでも発信できる。

と、考えている人がいるが、それは浅慮である。

すぐに発信したとしても、相手が受信してくれるとは限らない。
世界中の人に発信したとしても、相手が受信してくれるとは限らない。そもそも、日本語で発信しても、それを解読してくれるのは、せいぜいが1億/65億の世界の人たちに過ぎない。

*

インターネットを、グーテンベルグの活版印刷依頼の画期的な出来事と言う人がいる。印刷によってマスディストリビューションが始まった。と。
だが、中世ヨーロッパで高価な書物が多作され世の中に流布することなど、ありえない話であって、グーテンベルグの印刷機が果した役割は、「ログ(記録)性の向上」でしかない。

実は、この「ログ性」こそが危険な罠であった。何故なら、事実を知らない人たちは、記録されたものを鵜呑みにするから。…そう思えば、明治維新の当時を知る明治の元勲たちが物故したタイミングで、司馬遼太郎氏が「坂本龍馬」を英雄にしたてたのは、その背後を疑ってることもできる。

人間は、「あたりまえの事実を記録しようとは思わない」。だから、多くの場合、「事実を捻じ曲げようとして、記録を試みる」。このあたりは、人類学の研究者なら当然知っていること。なのに、歴史学者は、日本書紀や古事記の記載事項を鵜呑みにし、信長公記に騙される。雨や嵐でない静かな夜を、甲冑を身に着けた大勢が行軍すれば、深夜の京都の街にその音が轟いたに間違いなく、本能寺の信長が寝込みを襲われたなどということが起こったはずもない。だが、日本の歴史はそのようなことごとで組み立てられてきた。

だが、司馬氏などは、自分が御用作家に成り果てていることも気づかないでいたし、われわれ大衆も、その構造をイメージできない。それが昭和の風景だった。

ログ性がその後、啓蒙時代を生み出し、人類を近代化させた。その分脈に昭和の時代はあったが、平成時代は違う…。それこそが、2012年に騒がれているパラダイムシフトの実相である。



インターネットにおいては、そのログ(記録)性は、固定的なものではない。
インターネットのアプリケーションソフトのように、たびたびバージョンアップしていい。バージョンアップは、間違いを訂正するというネガティブな行為ではなく、よりよくしたという向上の印である。だから、アプリケーションソフトの場合は、旧バージョンと新バージョンが同時にリリースされているということが珍しくない。

これが、インターネットの本質である。

ログ性によって記録固定された情報に、関連情報が追加されることによって、アップデイトされる。そして、その関係性によって対話が生まれる。
さらにいえば、それは同じコンテンツの土俵でなくてもいい。

たとえば、本コンテンツが音楽作品だとして、それに、ミュージシャンのコメントがついてもいいし、音楽出版社の宣伝文句が後からアップされてもいい。ここまでが、当事者発信だが、それはセルフタグ(自画自賛)なので、ユーザーには真正性の疑わしい情報なので、リモートタグたる第三者の情報を求められる。
とはいえ、第三者といえども、それは覆面をした音楽出版社のまわしもの(インセンティブ(対価)を与えられている)だったり、客観的な意見をすべにもてない妄信的なファンだったりする。
そこで客観的な情報を発信する可能性が高いのは第四者(ピーター・ドラッカーの言うところの傍観者)である。ドラッカーは、第四者発言を、「劇場を通りかかった守衛の演劇評のようなもの」としている。私は、それを「モバイルな人の、アドホックな発言」と言い換える。

つまり、インターネットで重要なのは、「モバイル(動的/固定しない人)」と、「アドホック(一時的)」ということになる。



私は、このブログを書いているので、「モバイル」にも、「アドホック」にもなれない。

そこで、メタ議論(議論のための議論)をやっている…。

…(ローラふうに)ま、そんな感じぃ。(^^;)



追記:
インターネットのログ性、バージョンアップ性などを考えれば、テキストを削除することに何の価値もない。というか、グーグルにキャッシュが残ることを考えれば、いらぬ不理解が存在することの証明でしかない。と、私は考えている。
とはいえ、そういう複雑な事情が存在することを、このブログで伝えるためには、極めて有効な事例であったと思う。

もし、当該先輩がこのテキストをご覧になったとしても、ご立腹されないことを願っている。すべては、直接、ご説明できなかったことへの言い訳なのですから…。


posted by スポンタ at 07:27| 東京 ☀| Comment(0) | スポンタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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