2011年03月29日

埼玉県立川越高校の後輩たちへメッセージ。(その1)SSHについて

今回、何故、こんな記事を書く気持ちになったかといえば、母校がスーパーサイエンスハイスクールになっていること。
それは、それでいいのかもしれないが、ホームページで知ったのは、「スプーン曲げのトリック」を暴いて、いい気になっている大学の先生を招いて講演を行ったこと。

さて、君たちは埼玉県西部地区の偏差値エリートだ。それも、ガリ勉をしてやっとこさ偏差値を上げたような「イジマシイ奴ら」ではない。ならば、自分の頭の良さに自信を持って、私の言説に対処して欲しい。

数年前、城北埼玉高校を卒業して、東京外大を出た若者に、自分が県立川越高校の出身だと伝えたら「カワタカはリベラルだからなぁ…」と、感嘆された。
リベラルの意味はよく分からないが、現役時代のクラスメートがフランスのSM小説を読んでいたことは、その類のことなのかもしれぬ。




私は、今年51歳になる埼玉県立川越高校の卒業生である。わが母校が、浪人生活も辞さない若者たちの勇気と怠惰によって営まれていることを誇りに思っている。
その勇気と怠惰は何から生まれるかといえば、それは、「学校で教えられること」に対する「漠然とした不信」ではないだろうか。

私は、そうした「漠然とした不信」を突き詰めてしまったので、大学受験に挫折し、その後、表現の現場を逍遥し、いまも無名のままだが、だからこそ到達した境地がある。
高校を卒業してから30余年が経っているが、そこで知りえたことを、現役の時に知っていたら、いまの世の中にジャストフィットした生き方を実践できていたと思うと、悔しくてならない。
もちろん、それらを知るために私の人生があったわけで、それはそれで悔いはない。
ただ、その成果を若い人たちにいち早く伝えたいのだが、現在の出版やマスコミといった経緯では難しいので、このブログで紹介することにした。



早くも、結論を出す。

現行のアカデミズム(サイエンス+社会学+歴史学)は一つの流派に過ぎず、その流派に追随することは、人生を上手くやり過ごすためには重要である。
つまり、大学受験という目前の目標を突破するためには、その世界に洗脳されることが必要である。

だが、その先の人生を考えれば、「現行のアカデミズムを客観視できること」が重要である。




偏差値のある奴は東大に行けばいい。東工大に行けばいい。
そして、そこでも自らのストイシズムを発揮してトップに立てばいい。だが、トップに立つとストイシズムだけでは突破できない壁に遭遇するはずだ。
それは何かといえば、「科学の限界」である。

発明家のエジソンは同時代のトップのサイエンティストだったろう。しかし、その彼が晩年、死者との交信についての実験を繰り返したという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%B8%E3%82%BD%E3%83%B3

スーパーサイエンティストの彼の晩年のエピソードを知るなら、いまサイエンスを志す日本の若者はどうすればいいのか…。



その答えは簡単。サイエンスを対照化すればいい。

エジソン氏の間違いは、「科学を万能だと誤謬したこと」である。そもそも、サイエンスは、「生まれる前と死んだ後」を研究対象としない。

では、「生まれる前と死んだ後」は、何もないのかといえば、教育やマスコミが唯物論的価値観以外の流布を禁じているのに、世の中の半数以上が来世や前世を信じている。
そして、葬式などでも、「来世などないのだから、葬式など詐欺行為だ」と喚く人を見たことはない。

つまり、サイエンスは、「現世」という限られた領域しか研究対象にしない。そのことを知っていただいて、サイエンスに打ち込んで欲しいのである。



時間軸において、「前世」「今生」「来世」と分類し、サイエンスは、「今生」しか研究対象としない。と指摘したが、同時間においても、複数のレイヤーが存在する。

つまり、「現界」「幽界」「霊界」「天界」という複数の次元が同時に存在し、そのうちサイエンスは「現界」しか研究対象としない。



上記は、人間の直感からして、存在して当然のことである。

そして、そういう直感を抹殺することを目的にサイエンスという物語が成立してきたという部分もある。



さて、問題のスプーン曲げである。

私は、あの行為に一切の価値を見出さない。

つまりは、「現界」から見た異次元の現象であって、それは「現界」にとっては特異現象かもしれぬが、「幽界・霊界」にとっては取るに足らないことに過ぎないからだ。

あまりスピリチュアル系の専門用語を使いたくはないが、それらの現象が存在するにしても、それは(こっくりさんと同じような)低級霊の仕業だから、相手にすべきではない。



偏差値の奴隷でない、浪人を辞さない勇気と怠惰を持つ私の後輩たちに、何故、このようなテキストを編んでいるか。

その理由のもうひとつは、科学万能などと刷り込まれてしまうと、せっかく大学に入学しても、オウム真理教のようなカルトに洗脳される可能性があるから…。
カルト教団は、サイエンスの欠点や隙間を突いて、洗脳を行なってくる。
つまり、科学万能と妄信している人ほど、サイエンスの限界に直面したとき、まんまとカルトの洗脳にはまってしまう。

端的にいえば、「サイエンスの領域」の方法論と、「非サイエンスの領域」の方法論は異なる。

つまり、サイエンスでは、「証明すること」が真正性を保証した。
だが、非サイエンスでは、「証明すること」に価値はない。それは、恋占いで、ハートエースが出てくるまで、何度も占いを続けるようなもので、イカサマである。
非サイエンスでは、統合することにこそ、価値・意味がある。

空海は、雑密と本密の違いを統合することによって達成した。そのように、オウム真理教は雑密に過ぎぬ…。と、看破すれば、頭の良い後輩たちも理解してくれるだろうか。



さて、宮本武蔵の五輪の書の結句を引用して、「よくよく吟味するように」として、まとめたい。

今年、高校入試に合格して、川越高校に入学する新入生たち。
もし、私のブログに出会ったら、真剣に読んで、そして、自分の頭と感性で吟味して欲しい。

そして、友人と、クラスで、考えてみても欲しい。

もし、君たちが望むなら、私は世田谷区に住んでいるが、久しぶりに川越まで足を運んでもいい。そう思っている。
posted by スポンタ at 08:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 県立川越高校 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/193026779

この記事へのトラックバック
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0