2010年01月31日

メディアはコンテンツ置き場にさえなれない。

「マスメディアはコンテンツ置き場になってしまうだろう」と、湯川さんが書いている。

http://techwave.jp/archives/51375731.html

果たしてそうだろうか…。



昨年の「アーキテクチャと思考の場所」というパネルディスカッションの音声を聞いた私は、「マスメディアはコンテンツ置き場にさえなれない」ことは明白だ。
と、指摘しなければならない。


かの音声ファイルでは、「メタボリズム(新陳代謝)論」を扱っていて、都市工学において、個々の建物が壊されたり、立て直されることで、都市は変貌を遂げてきた。と指摘していた。

そして、ウェブ空間は「リアルな都市空間」とは違い、「すべての時間をログ(記録)している」から、「無限のアンドゥ(フォトショップにおけるやり直しを表現する用語)」が可能だから、より高次元な未来を構築できる。…と。

*

だが、メディアとは構造物であり、家主の管理下にある。結果、そこでは「メタボリズム」を想起するような破壊と創造は行なわれない。
つまり、家主に都合の悪いログ(コンテンツ)は抹消されるか、管理下におかれて公開されない。

たとえば…。
どう考えてみても、阪神淡路大地震のとき、ヘリコプターの上から被災地を見て、「温泉地のようですね」とレポートした筑紫哲也氏の映像を、TBSが公開し続けるなどということは考えにくい。

「社会的な批判を浴びた番組」はログされていても、メディア主にとって利益がないので、公開されないだろう。

そうでなくても、メディア主の「自己規制が働く」。その実例がウルトラセブン第12話。

http://hw001.gate01.com/kensugi/f200102.htm

ウルトラセブンの永久欠番回がある理由は、被爆関係者からのクレーム…。

ことは、著作権だけではない。



メディアはストック系(蓄積)であり、ウェブはフロー系(流動・流通)。

情報をストックすることに価値を見出しても、圧倒的な数でフローしている情報に勝てない。

メディアのイメージでウェブを語ると、大きな過ちにはまってしまう…。

ストックすることに価値を見出せば、ウェブでは行き詰まる…。
posted by スポンタ at 09:10| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ポストグーグル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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