2009年10月24日

精読「ネット未来地図」。

2007年秋に上梓された佐々木俊尚氏の新書を読んでいる。

私とモチーフ(題材)は同じ。しかし、これほど意見が異なるのも珍しい。



結論をいえば、既存のメディアのステークホルダー(利害)によって、意図的・恣意的にウェブ2.0を読み違えた。それにつきると思っている。

プロローグ(P.009)には次のようにある。

2004年ごろから始まったウェブ2.0という新たな潮流は、いまやインターネットの世界を覆い尽くしている。「集合知」や「UGC(ユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ、利用者が生み出すコンテンツ)」という言葉で象徴されるように、ウェブ2.0という言葉は人々の知識や能力をひとつにまとめ上げ、マスメディア主導ではない新しい文化や経済を生み出す牧歌的な理想主義としてスタートした。
だがそのような牧歌的理想主義は、ボランティア的な美しさはあるものの、実態としてのビジネスにはなかなか結びつかない。実際、日本でウェブ2.0を主導しているベンチャーの多くは、収益力はそんなに高くない。


さて、ウェブ2.0の3大要素とは、「フラット」「透明性」「外部性」である。
ならば、佐々木氏がうたうようなウェブ2.0的なUGCなどひとつもない。

というか、「ユーザーを動力としてしかみない」というUGCの運営者たちの性向があるかぎり、この日本に、そして世界にもウェブ2.0的なコンテンツ/メディアなどひとつもない。
と言い切れる。



佐々木氏は「牧歌的」などと呑気なことを言うが、ウェブ2.0がいかに厳しいものであるか。それをイメージしなければならない。

佐々木氏が言うのは、いわば「虚勢されたウェブ2.0」。

本当の、本物のウェブ2.0とは、メディアの運営そのものさえもユーザーの手に委ねられる。そんな厳しいものだ。



イメージしてみればいい。

たとえばフジテレビ倶楽部。

http://www.fujitv.co.jp/ftvclub/index3.html

フジテレビのファン・視聴者のつくっているコミュニケーションだろう。
だから、フジテレビの番組制作に協力したり、アンケートに答える。だが、そこでは「番組が面白くない」や「キャスティングを変えろ」などという批判は禁じられる。
ここにおいて、フジテレビ倶楽部をウェブ2.0的などというのは「牧歌的」である。

ウェブ2.0−−−。
私はライブドアPJ でも、JANJAN でも、オーマイニュースでも、運営体制について意見してきた。しかし、それらの提案は吟味されぬどころか、市民記者としての発信も拒否された。そのようにウェブ2.0の最先端を行くネット市民新聞においてさえ、その実際は理想とは程遠いものだったのである。



そして、フラット。
これが曲者である。

フラットの思想に騙されて、スタート時の運営者の優越権が守られる。つまりは、「フラットの思想こそが、フラットを妨げる」。
あるべきは、「フラットの思想をもとに、妥当性のあるヒエラルキルな主体を定義すること」。




本当の意味でのウェブ2.0の厳しさ。
それに耐えるメディアをつくりたい。

そんなことを思っている…。
posted by スポンタ at 09:34| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウェブメソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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