2009年09月29日

サイレントマジョリティーという嘘。または、アクションとイベント。

さて、「通信と放送の融合・第三波」について書こうと思っていたら、「そらっち」さんから間違いを指摘された。
http://sponta.seesaa.net/article/128981035.html
オーバーレイ(上書き)ではなく、オンマウスオーバー(ドリームウィーバーの用語)である。

さて、ここで私が何を書こうとしていたかが、フォーカスされた。
簡単に言うと、サイレントマジョリティーなんて存在しない。ということだ。




簡単なたとえ話…。

トイレの使用人数を知りたい場合。「あなたはオシッコをしてきましたか」と生徒たちに尋ねることでしか、オシッコをした人数をカウントする方法がないのではない。
つまりは、トイレの前に並んでいる人を数えればいいのである。
この場合、「私はオシッコをしてきました」というのはアクションであり、トイレの前に並ぶのはイベントとなる。
オシッコをした人のうち、「おしっこをしてきました」と言葉にする人は、オシッコをした人全員のうちの何割かに過ぎない。

*

ブログの場合は、ページを開くのがイベントであり、コメントするのがアクション。

つまりは、アクションがないからといって、イベントがないとは限らないし、それを持ってして、誰も何も考えていないなどと決め付けることに妥当性はない。

てか…。



結局のところ、マスコミつーか、既存メディアって奴は、基本的に自分の意見を通したい生き物。だから、アクションがないから、イベントを探るなんてことはしない。だから、サイレントマジョリティーなんて物語を紡ぐ。

*

でも、実業界は違う。
アクションがなければイベントを掘り起こす。

たとえば生産現場では、アクシデント(事故)が起こる前にインシデント(出来事)を集積し、今後起きるかもしれない事故を察知し、事故を未然にするための努力をする。
所謂、ヒヤリハット。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A4%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%83%E3%83%88



今後、「放送と通信が融合」の実現を目指すならば、1/10以下のアクションユーザーを期待し、それ以外をサイレントマジョリティーとして切り捨てるのでは、成功は覚束ないだろう。

何故なら、アクションがないからといって放って置くと、マジョリティーはイベントによって復讐・逆襲を試みる。

この場合のイベントとは、購買行動や視聴行動である。



受信者の数がまず「イベントする人」である。そして、その中に発信者という「アクションする人」が含まれる。

「アクションする人」が1/10に満たないからといって、諦めてはいけない。そして、「イベントする人」の性向を見極めるために、各種のイベント勘案が必要となっていくのだろう。

そして、「イベントする人たち」に眼を向けるならば、新しいウェブサービスがキャズムに沈むことはない。と、考えるのである。
posted by スポンタ at 10:54| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウェブメソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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