2009年04月03日

小説先祖供養_99

通読ありがとうございました。

「そして、今日分かりました。私たちが唯一の拠り所としてきた学問は、私たちの悩みに何も応えてはくれないことを…」
「もしかすると、私の妻には少しばかりの霊能力がありますので、あなたのご友人に何か有効なアドバイスをさしあげることができるかもれません。とりあえず、あなたをお送りしましょう。車で妻が待っていますから」
「えっ、でも」
 急な申し出に、男性は一瞬とまどった。
 その頃、妻は一向にやって来ない私に苛立ち、車の中でパンフレットの閉会時刻を確かめると、会場の方に歩き出した。昼間は暖かだったキャンパスも夕方になると風は思いのほか冷たい。妻はバス停に立つ私を見つけたようだ。
 妻は男性に目で会釈をする。
「どうしたの?」
「あのね。この方のお知り合いの息子さんが難病にかかってね。それで悩みに悩んで、今日の学会に来たっていうんだ」
 妻は、夕日をバックに経っているその男性を見ると、私の言葉が耳から遠ざかっていくのを感じた。
「なにかご助言できないかなぁ。と思っているんだけど…」
 妻は、私の言葉を聞かぬまま、親しげに話しはじめる。
「そのお知り合いと息子さんにお会いしないと分からないこともあるけど、いろいろと道しるべになる位のことはお役に立てるかもしれません。よろしかったら、少しお話をお聞かせくださいませんか。ここは寒いし、どこかでお茶でも飲みながら」
 男性は、妻の言葉に感化されたのか素直にしたがった。
「よろしいんですか。今日はこのために時間をつくったんで、時間はありますから、このままお茶でもご一緒しましょうか」
「純ちゃん、行こう。駅のほうに喫茶店があるから」
 妻は、男二人を引き連れて歩き出した。
「何だよ。今、人が説明してたのに、もう話が決まっちゃったのかよ。まぁ、いいさ。あの、僕たち、刈谷って言いますが、あの…」
「あ、失礼しました。私は中田と申します」
「じゃぁ、中田さん。行きましょうか」
 キャンパスの落ち葉を踏みしめながら、三人は駐車場に向かった。
「奥さん。やっぱり、この世の中には科学では説明できないことがあるんでしょうか?」
「そうですね。確かに沢山ありますよね」
と、妻は静かに微笑んだ。
「そうですよね」
 中田は不思議な成り行きに驚きながら苦笑した。彼は友人の息子を救えるかもしれぬという思いに引きづられている。それは、一年近く前に、私が霊能者を求めて彷徨ったときと相似形をなしていた。
 経験したことをもとに彼に何を伝えられ、何が伝えられないのか。私にはその整理がついていない。ならば、私は彼とともに同じ問題に対峙しているに過ぎない。
 秋の日はとっぷりと暮れている。陽が落ちると急に冬がやってきたような寒さだ。取り合えず、喫茶店でホットミルクを頼んで身体を温めよう。すべてはそれからのことだ。私は、妻と中田に歩調を合わせながらキャンパスを後にした。
 霊能力のある妻は、何か目算があるのだろう。だが、私はいったいどうすればいいのだろうか。

                   (完)

               四百字詰原稿用紙三百三十六枚
posted by スポンタ at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・先祖供養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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