2009年03月24日

小説先祖供養_89

作品、終盤です。
第十六章:放生会。そして、一周忌。

 そして、一ヶ月が過ぎた頃、私と妻は再び京都へ向かった。今回の京都行きの目的は、霊視を受けるためではない。白桜が主宰する共善会では、毎年秋になると放生会という行事を行う。放生会とは、読んで字のごとく、生き物を放す会である。指摘された鴨川の河原へ行くと、大会本部用のテントが張られていた。開会の時刻にはまだ時間があったが、すでに五十人程の人が集まっている。家族連れあり、老夫婦あり、集まった人たちはまるで町内会の慰安旅行のようだ。その集まりの中で一際目を引くのが白桜志津。紫色のチャイナスーツを着たその姿は、霊能者というより教祖といった方がふさわしい。
「私たちの食を満たすために殺されている生き物たちを供養することにより、自分たちの罪を謝罪するのが放生会です」
 開式の挨拶に立った白桜は、集まった会員たちに訴える。
「私は普段から十善戒に従って生きるよう、皆さんを指導しています。その中に汝殺すなかれという不殺戒があります。殺すなといっても、人殺しなんか自分とは関係がないと思っている人も多いでしょう。しかし、食べるということは殺生です。人間は食べなければ生きていけない。ならば、自分を生かしてくれる生き物にも感謝が必要です。今日は日ごろの罪を反省し、殺生した生き物たちの霊を慰めるために鯉や鮒どじょう蟹を川に放していただきます」
 霊能者はスピーチを終えると、川に向かって合掌し読経をはじめた。
 読経が始まって暫くすると、神州専務の指示に従い、参加者たちは鴨川に魚を放流していく。私はその姿を眺めていた。
「ねぇ、あなたはやらないの?」
 妻は私を促す。
「この魚たち、どうせ生簀で飼われていたんだろう。だとしたら、この魚たちはこの川に放流されて喜んでるんだろうか。勝手に人間が魚に放流しても、かえって、それが自然のバランスを乱すことにもなりかねないんだよ」
「刈谷さん」
 振り返ると白桜が立っている。
posted by スポンタ at 10:28| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・先祖供養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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