2009年03月20日

WOMマーケティング協議会の勉強会に参加して…。

思ったのは、悪い人達の集まりではない。…ということだと思う。ただ、自分たちが、「インターネットがある世の中」で古めかしいやり方をしている。という意識がない。

私は、ローカルな討論でのみ発言したので、徳力さん・ガ島さんと話すことはなかった。というのも、質問をしても、対話は成立しない。その確信があった。私に、そう直感させたのは、いくつかの一般参加者の質問の対するガ島さんの「答え方」である。

さらにいえば、「空気を読め」が、この会の鉄則ならば、私の質問は禁止されている…。







ガ島さんは、「4月に有志が合宿をして、ガイドラインの内容を煮詰める」という。「とことん会議」をして、「自費で合宿」。そんな「古めかしいやり方」を朗らかに語っていた。

でも、ネットに詳しい人なら、そんなのバカじゃん。Wikiでやればいいんだよ。なぜ、それをしないの…。そうすれば、誰でも参加できるし、費用もかからない。と、思っていたはず。

インターネットのある時代、「個人のリソースに依存したやり方」に妥当性はない。

彼らが「個人のリソースに依存したやり方」をする理由は、「リソースを供出した人のイニシアチブを妥当化できる」から。


これは、「当事者たちの関係調整で結論が左右されるシステム」では、古典的なやり方。

国際社会でアメリカが特段の発言権を得ているのも、彼らが軍隊を派遣するという出費をしているからである。
だが、「国際社会の警察」が必要で、その「警察官をアメリカが務める」としても、その「報酬をアメリカが受け取る」ことに妥当性はない。
さらにいえば、「国際社会の警察ではなく、自分達の利益を守ることに専念する警察」だとしたら、さらに妥当性は低い。

アメリカ軍のイラク侵攻が批判されるのは、そういうこと。

アメリカが国連軍に積極的に参加する意図は、そういうこと。

これは「国民の歴史」の中で、「国際連盟の挫折と国際連合の成立」に関して、西尾幹二氏が述べたことから、想を得ている。

*

これは日本の政治にもいえる。

インターネットがある世の中、選挙活動も選挙もほとんど無料で行なわれる。だから、選挙活動を禁止することもできる。

しかし、「お金のかからない選挙」が実現してしまうと、「企業や有力者たち」が「献金すること」で、政治に影響力をもてなくなる。
だから現状では、インターネットでの選挙は行なわれないし、インターネットでの選挙活動も禁止なのだ。

インターネットでの選挙が実現するその時こそ、社会が大転換をすることになる…。



ただし、国際連盟・国連がともに成功とは言い切れない現状を呈していることをみれば、「実力者がはびこる関係調整型システム」と「実力者に特権を認めない合議システム」は、一長一短があり、どちらかを二者択一で選択することに妥当性はない。これが西尾先生の結論である。






「空気を読め」と参加者たちに強いることは、実務的な妥当性がある。ただし、リアルな勉強会がそのように進められていくなら、「もうひとつ別の空気の場所」を設定すべきであり、ふたつの空気の対照・対話の中から、「中身の在る議論」が成立していくのだと思う。

具体的にいえば、公式議論の場(世話人主導)と非公式議論の場(自然発生/有志運営)が同時に存在し、それぞれの結論同士が対話・対照する。ということ。



2005年。ライブドア・パブリックジャーナリズムのときも、まったく同じことが起きた。

市民記者たちの交流の非公開掲示板で、編集部批判が起きる。市民記者が編集部の現状に提案をしても、特権者である編集部は批判と受け取る。だから、対話はできず、意見は散発に終わる。それでは、建設的ではない。と、有志が非公式の掲示板を作る。私は、MIXIに有志のコミュニティーをつくった。Wikiもつくられた。だが、それらを編集部が容認しないため、市民記者有志たちは孤立化していく…。


当時はホリエモン騒動の中で、ライブドアパブリックジャーナリズムへの興味は高かったから、2ちゃんねるにもスレッドが沢山立っていた。そのような状況で、主宰者は罵倒され混乱。疑心暗鬼になり、市民記者との公式コミュニケーションさえ閉じてしまう。

過去の失敗を共有するために、私はその経緯をまとめている。

http://www.doblog.com/weblog/myblog/68466



Wikiや非公式BBSなどをつくりませんか…。

そんなことをオモッタ。



追記:
大人気なくも、指摘すれば、
一般参加者の「そもそもクチコミとはの議論がない」について、誠実なる対応は、「その議案については、この場で検討する時間がないので、ウェブ上にBoardを立ち上げますから、そこでやりましょう」であろう。

「前回の勉強会の結果が生かされていない・総括がない」に対する答えは、「前回の議論をWiki状にして、議論の場をつくる」のはず。「前回の議論をインテグレート/オーソライズする」において、世話人の皆さんが寡占するならば、それは「トップダウンな進行」との批判を免れないでしょう。

もし、心の底から、「トップダウンにしたくない」ならば、公開された議事進行にする。つまり、「インテグレート/オーソライズする過程」をメーリングリストの参加者にも可視化すること。それは、BBSやWikiで簡単にできることなのですから言い訳はききません…。


私は、ウェブメソード論で繰り返し指摘しているのは、「インターネットで重要なのは、コンテンツではなく、評価付け」。

だから、多くの人がグーグルを重用し、SEO対策をする。

コンテンツを提出する権利をフラットにしても、評価付け・統合の権利を一部の人達で寡占するならば、それはトップダウンなやり方でしかありません。

それは、ほとんど、行政・企業などが行なう、消費者相談コーナーというガス抜きシステムと同じこと。

勿論、メーリングリストに参加している人達の多くはそれを分かっているし、その上で、不参加・不発言という自らの権利を行使している。

…ノデスネ。
posted by sponta at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ウェブメソード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
ファン
 メッセージを送る
 このブログの読者になる
 更新情報をチェックする
 ブックマークする
 友達に教える
RDF Site Summary
RSS 2.0