2009年03月22日

小説先祖供養_87

歴史にならない過去…。






「でも、どうして民家の縁の下にお墓があるんだろう」
「昔、大きな家では自分の敷地内にお墓を造ることもあったでしょう。それが時代がたって土地が転売されるとともに墓標が片付けられちゃたんじゃないかしら。墓標はなくなっても、昔は土葬だから、遺骨はその場所に残るでしょ。だから、その遺骨がダウジングに反応するのよ」
「そうか。でも、いくら自分の敷地内に埋葬したとしても、葬式には坊主がつきものだし、だとすれば、この近所に浜月家の菩提寺があるかもしれない。それに、もしその場所が昔墓地だったっていうことをそのお坊さんが説得してくれれば、あの刈谷さんも供養に協力してくれるかもしれいな」
 私と妻は車に戻ると、誰からも気づかれないように道路にお塩とお酒をまいた。そして、車の中で囁くように般若心教を唱え、刈谷家から車を移動した。
 私は近所の寺に話を聞きに行くことにした。刈谷家から一番近い寺は、斎場と本堂が一緒になった鉄筋三階建ての大きな寺院である。アスファルトを敷いた駐車場に車を停めると、私と妻は寺務所に向かった。
「ごめんください。私、初めてお伺いする刈谷という者ですけど、この辺りで、浜月というお墓を探しているんですが」
 寺務所から恰幅のいい三十代半ばの僧侶が出てきた。
「浜月ですか? 珍しいお名前ですね。うちの檀家では聞き覚えがないですが、調べて見ましょうか」
 僧侶はコンピューターの端末を操作した。最近では、お寺でも情報処理がすすんで檀家の物故者の名前、戒名、命日がデータとしてインプットされている。一度データが入力されてしまえば、後は何年何月とキーを操作するだけで、簡単にその月に年回忌を迎える霊を探し出すことができる。
「浜月さんですよねぇ。やはり、うちの檀家さんにいらっしゃらないようですねぇ」
「あの…。実は、うちの仏壇に位牌だけがありまして、お墓の供養ができずに困っているんです」
「それは、大変ですね」
 私は僧侶の前に地図を出し、刈谷家のあたりを指差した。
「このあたりに昔、お寺か大きなお屋敷はありませんでしたか?」
「どれどれ」
 僧侶は私の差し出した地図を覗き込んだ。
「このあたりは僕が知る限りはずっと畑だったなぁ」
「そうですか。多分、江戸の末期から明治の初年にかけてのことだと思うんですが…」
「そんな昔のことですか。だったら、この裏の坂道を上がったところに妙法寺というお寺があります。そこのご住職が、このあたりの郷土史にも詳しいですから、お役に立つかもしれませんね」
 実は、私はこの寺を見たとき、金儲け主義の臭いがして嫌な感じがしていた。しかし、この宗派は先祖供養の重要性を認めているためか、私たちの悩みを理解してくれた。私と妻は感謝の気持ちでいっぱいになった。
posted by スポンタ at 11:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・先祖供養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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