2009年03月21日

小説先祖供養_86

霊感・直感…。




 刈谷家を含むこの一画は、壁面こそ塗り替えられていたり、化粧鉄板を貼られているものの、みな築二十年を下らない感じの寂れた商店街だ。刈谷栄作の家も表通りの歩道に面して吐き出しの引き違いのサッシの戸があるから、以前は商売をしていたのだろう。
 梅雨の合間で気温が三十度近くに上ったこの日、サッシ戸のシャッターは、人が屈むとやっと通れる位の高さまで開けられていた。妻が車の中から何気なく中の様子をうかがうと、薄暗い店内に買い物用の自転車が置いてあるのが見えた。すると、突然刈谷家の表のシャッターがガラガラと大きな音を立てて閉まった。
「どうしたんだよ」
 私は迂闊にも、シャッターが閉まる瞬間を見逃していた。
「今、多分刈谷さんの奥さんだと思うけど、突然シャッターを閉めたの」
「何か勘づかれたのか?」
「ここに車を停めただけだから、勘づかれるも何もないけど、でも、あの奥さんも無意識に何か感じるものがあって、シャッターを閉めたのかもしれないわ」
「…そう」
「でも、その奥さんの顔、ちらっと見たけど、ゾッとしたわ」
「何だよ。それ」
「よくテレビのニュースなんかで、事件を起こした犯人の顔写真って映るでしょ。その時、その顔写真を見ただけで、ああ、この人が犯人なんだって納得するようなことってない?」
「ああ、そういうことってあるよな」
「今の奥さんの顔がまさにそういう種類の人相だったの」
 妻の話を聞いて、私はそんな女性と視線を交わさずにすんでよかったと思った。
 刈谷家のシャッターをもう閉まっている。私は車を降りて刈谷家の周囲を歩いてみた。刈谷家は商店街の一軒だから敷地めいっぱいの店舗兼住宅である。表のシャッターは閉まったし、二階の窓にも分厚いカーテンがかかっているので、中の様子はまったくうかがえない。
 妻も車の外に出た。彼女は胸の中央でペンデュラムを握っている。そして、ペンデュラムの動きを確認すると、「やっぱりこの家だわ。でも、念のために」と、言い放ち、ペンデュラムを握ったまま、刈谷家のある一区画を路地に沿って一周した。約十メートルごとに、妻は、「浜月家のお墓のある方向はどちらですか?」と、ペンデュラムに問いかける。その度ごとに、ペンデュラムは正確に刈谷家の方向を指した。
 ペンデュラムの動きを信じるならば、刈谷栄作の家は浜月家のお墓の上に建っていることになる。もしそうだとすると、スピルバーグが監督した映画『ポルターガイスト』と同じである。
 先ほどシャッターを閉めに顔を見せたこの家の主婦に、浜月家の霊が悪い影響を及ぼしていたとしても不思議はない。
 浜月家のお墓を供養するには、まず、この主婦に事情を説明して了解を得なければならない。だが、家の中でペンデュラムを握って遺骨の場所を特定して、その場所の床をはがして、線香を手向けお経を唱えることなど、霊に悪い影響を受けていない人だとしても難しいこと。ましてや…。である。
posted by スポンタ at 11:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・先祖供養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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