2009年03月18日

小説先祖供養_83

これは、実際にあった話です。



 ダウジングの中にはマップダウジングという手法がある。この手法は、地図を広げ、探したい物や人を心に念じながら振り子をかざすと、その振り子が振れて、探したいものの場所を示してくれるというものである。その振り子のことをペンデュラムといい、金属や水晶でできているものが一般的だ。
 番組に登場した日本のダウザーは、誰でも練習をすればダウザーになれると公言してはばからない。
 番組の翌日、私は書店に行き、ダウジング占いの本を買った。ビデオテープのパッケージを一回り厚くしたケースには、百五十ページの小冊子と一緒に金属製の振り子・ペンデュラムが入っていた。
 これさえあれば、すぐにダウジングができる。私は書棚で手に取ると、値段も見ずにレジへと向かった。いたたまれず、家に帰る電車の中で私は小冊子を読み始めた。そして、家につくやいなや妻に本を見せた。
「あなた、本当に物好きね」
「いいだろ。これくらい。だって、千八百円の本で、ペンデュラムっていうダウジング用の振り子もついているんだから、お買い得だよ」
「でも、気をつけたほうがいいわよ。それって、コックリさんと同じで危険なことのはずよ」
「そうか…? そんなこと、テレビじゃ一言も言ってなかったぞ」
 中学生の頃、クラスでコックリさんが流行ったのを憶えている。だが、私は自分ではやったことがないので、本当の恐ろしさは知らなかった。私は夕食を終えると寝室に入り、早速ダウジングの練習を始めた。
 人差し指と親指でペンデュラムの鎖をつまむ。五センチほどの鎖の下に先の尖った振り子がぶら下がっている。本の指示に従って、私は「イエス、イエス」と、何回も念じる。ダウザーになるために行う練習は、自分の念力パワーによって、ペンデュラムを自由に動かすことからはじめる。イエスと念じればペンデュラムは右周りに。ノーと念じれば左回るという。 
 私は精神を集中して念じたが、五分経ってもペンデュラムは一向に動こうとはしない。気を取り直して、今度はノーと念じてみる。だが、それでも何の反応もない。やっぱり自分には駄目かと諦めかけた頃、初めて一センチ位の直径でペンデュラムは廻りはじめた。
 夕食の後片付けを終えた妻が寝室に入ってきた。
「ねぇ、ねぇ、見て、見て。ペンデュラムが回ってるだろう」
「どれどれ」
 妻は私の手元を覗き込んだ。だが、私の集中が途切れたためだろう。ペンデュラムはもう廻っていない。
「イエスと念じると右回り、ノーと念じると左回りに回るはずなんだけどな。おかしいな」
 私は気を取り直して、イエスイエスと念じてみたが、ペンデュラムは廻ることはない。
「ちょっと貸してみて」
 妻は私からペンデュラムを取り上げると、私の見よう見まねで構える。
「イエス、イエス」
 妻が呟きながら念を送ると、私の場合がまるで嘘のようにペンデュラムは大きく円を描き、ぐるぐる回り始めた。
「ノー、ノー、ノー」
 妻の呟きにしたがって、ペンデュラムは一旦回転を止めると、再び左回りにぐるぐる回り始めた。
 ダウジングの能力と霊能力は非常に近いものなのだろう。イエスとノーの基本練習がマスターできたら、次はダウジングで占いをすることになる。
「すごいよな。僕が練習したって、全く動かなかったのにてん」
「私、ダウジングの才能があるみたいね」 
 妻がペンデュラムを回すのを見て、私には閃くものがあった。
「ねぇ、マップダウジングで浜月家のお墓の場所を探してみないか?」
posted by スポンタ at 11:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・先祖供養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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