2009年01月06日

小説先祖供養_24

此岸・彼岸…。
「お母さんは、もう誰が来てるか分からない状態だから」
 妻に説得によって、寛美が病院に現れたのは、その日の午後遅くだった。自分の家族を従えて、義母の病室に入った寛美は、今にも肉親が死ぬかもしれないという時に娘が見せる表情とは明らかに違っていた。感情が平衡感覚を失っていることを体のどこかが感じているらしく、その違和感を隠すためか、はにかんだような薄笑いが表情に表れていた。彼女は腕を組んだまま、意識不明の義母をしばらく眺めていた。
「みんながいるから、私がいたってしょうがないわね」
 寛美は義母の病室から出ると、妻に一万円札を手渡した。
「あたし、何もしてないからね」
 一万円で何をしろというのだろう。お金を無理やりつかまされた妻の憤りを隠しきれなかったが、寛美はその表情を感じ取ることはできなかった。
「あんたも、お母さんに振り回されて大変ね。膝から下に紫斑が出ていたからもうすぐ死ぬわよ」
 そう言い残すと、寛美は家族を吹っ切るように帰っていった。寛美の家族は帰っていったが、依然、義母の病室の廊下には、栄子の夫と義母、専門学校に通っている長女、高校生の次女と長男、それに妻と私が残っていた。
 時計はそろそろ深夜の十二時を回るところだったが、義母の死を認めたくないという強い思いが、私らを病院から離れさせなかった。妻は自分の予感が外れてくれればいいと思った。
「どうする? みんなでこうしていても仕方がないし、『熱さえ下がってくれれば』って、お医者さんも言っていたけど、誰かが残って、一度仮眠しにそれぞれ帰った方がよくない?」
 妻の予感が外れるとなると、家族も長期戦に備えなければならない。
「じゃぁ、私が残るから、みんな一度帰って。この分なら、今日はなんとかもちそうだから」
 栄子は泣きはらした目をして、妻に言った。
「そう。じゃあ、私はいったん家に戻るけど、お風呂に入って少し横になったら、また来るからね。お姉ちゃん、後よろしくね」
 私と妻は、仮眠を取るために家に戻った。栄子からの電話で眼を覚ました時、まだ病院を離れてから三時間も経っていなかった。病室から寛美の家族が消えてから十二時間後、寛美の言ったとおり、義母はこの世を去った。
posted by スポンタ at 19:03| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説・先祖供養 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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