2008年12月03日

「プロジェクトX」。事実の加工。「複数の物語」の存在。

池田先生は、プロジェクトXで讃美したものが、本四連絡橋や、青函トンネルであり、それらが、固有地方における「局所最適」であり、日本全体にしてみれば、「全体最適」ではない。と、説く。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/0ae22852a1f5c0507e18e93c960480c9

私は…。




私は、プロジェクトXのWikiを閲覧する。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88X%E3%80%9C%E6%8C%91%E6%88%A6%E8%80%85%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%80%9C

そこで、万引き者の過剰な「物語づくり」の典型を見る。

ドキュメンタリーは、制作者の良心によって成り立っている。だが、編集作業において、制作者の良心にしたがっていたら、作品などつくれない。たとえば、移動カット、食事カットなど、すべてを撮影できるはずもなく、時系列を度外視して、本編に使うのが常套手段である。
万引き者は、それをもう一歩踏み込んで、シナリオの部分から、捏造・単純化してしまったようだ。その事実を知らされることもなく、NHKは再放送をつづけ、DVDを販売する。

インターネットにおける相対化作用により、NHKが「捏造した物語」が専横する時代は衰えていくだろう。

そして、今も、同じナレーターを使った番組がある。脳学者という、料理愛好家にもにた肩書きをもつ人物によって、進行されているが、これも「過剰な物語」であることが暴露されていく…。



俵万智氏は、から揚げをサラダにして、ベストセラー「サラダ記念日」を成立させた。
短歌はドキュメンタリーではない。俵氏の創作が画期的だったのは、から揚げをサラダにしたこと。そういう捏造が、白樺派的な芸術思潮とはかけ離れていたため、大ヒットにつながったのだろう。

中学校の教科書には、から揚げがサラダに止揚することで、創作が成立したとのエピソードが紹介されている。ベストセラーだった当時、サラダがから揚げだったことを俵氏は明らかにしていない。
私たちは騙されて、消費させられていたのだ。
posted by スポンタ at 09:21| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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