2008年12月02日

禁煙指導室で喫煙を容認した高校の立場。

法律は、その存在さえ認めない社会をつくってしまう。

それでいいのだろうか。

*

高校生のすべてが喫煙をしない。または、喫煙をしている高校生はすべて法的処置を受けている。そんなことはありえない。

私たちは、賭博禁止の日本で、パチンコ景品交換所に行き、売春防止の日本でソープに行き、憲法第九条の日本で、自衛隊の存在を許容する。

それでいいとも、悪いとも、言いがたいが、それが現実である。




私立高校で、喫煙を容認したということで、学校が書類送検されたという。しかし、このような問題が報じられることに問題がある。

法律は平等に国民に課せられる。それが法律の大原則。しかし、それは平時に限定される。戦時や災害時においては個人の権利は制限される。
では、平時とは何か。

戦争だけが非常時ではない。



この学校では、近所で山火事やボヤが発生し、生徒の喫煙が問題化した。喫煙者をリストアップするには、喫煙者に喫煙指導室における喫煙を限定的に認め、継続的に喫煙を指導する。そういうことをしていたらしい。

生徒が隠れて喫煙することで、山火事が起こり、学校が火災になる危険がある。これは平時ではない。

喫煙者を退学させればいいという選択肢も、学校存続に関わるし、学校の社会的意義を考えれば、この種の学校が日本に不可欠なことは明らかだ。



ことはトリアージと一緒。緊急事態において、何の優先順位を上にするか。

今回も、生徒の更生のことを考えれば、喫煙問題は二の次であっていい。

今回の景気対策も、中小企業のことを考えれば、首相が麻生氏でも、小沢氏でもどっちでもいい。



黒澤明の映画「七人の侍」には、「首を斬られようとしているのに、ヒゲを気にしてどうする」というセリフがある。

「平等」という概念が、如何に現実にそぐわないか。私たち日本人はそろそろ気づいていい。否、国民の殆どは気づいているが、マスコミだけが、金科玉条のごとく、手放さない。




パチンコもソープも自衛隊も、国家が容認している事実である。

この小さな高校の方針を国家が容認するとは思われない。そこにこそ、大きな不平等がある。
posted by スポンタ at 09:48| 東京 曇り| Comment(2) | TrackBack(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本ニュースについて釈然としない気分になっていましたが、スポンタさんのエントリを読んで結構すっきりしました。ありがとうございました。

テレビでどこぞのコメンテーターが「心情的にはわかるが、違法はいけないよ、違法は」と言ってましたが、じゃあ何がどこまで違法なの?って話ですよね。

今後とも刺激的なエントリ、楽しみにしております。
Posted by Shoguito at 2008年12月03日 12:15
コメントありがとうございます。

多様なレイヤー(フェイズ)で個人も、集団も、国家も、全体も成り立っている。
池田先生のいうとおり、全体最適化と局所最適化は矛盾する。だが、矛盾することは矛盾しない。それが、現実なんでしょうね。

私は、性交をしていない未成年には、無闇に性交をするな。と言い、性交をしている未成年には、避妊をしろ。と言う。性交をしている未成年に、性交をするな。というのは無為である。

コメントありがとうございました。こちらこそ、勇気づけられました。
Posted by at 2008年12月03日 13:02
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