2008年11月22日

フジテレビのトロッコ問題の回答(スポンタ編)

文章問題の回答の要点は、出題者の意図を汲み取ることである。
出題者の意図は、「ヒューマニズムの脆弱さ」を考えさせることだろう。しかし、問題世界とは別に、リアルな世界は存在する。ならば、現実に立ち戻って、この問題の提示するさまざまな視点を明確にすることが、より深い理解を与えるとともに、納得に導くだろう。

問題は、以下。

https://wwws.fujitv.co.jp/safe/kyoiku2008/form4.html

Wipediaでは…。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B3%E5%95%8F%E9%A1%8C

スポンタが提示する答えは以下。


この問題はいくつかの条件が抜けている。
ひとつは、切り替え機のところにいる「私」の属性である。

私が鉄道員であれば、切り替えようと・切り替えまいと、切り替え機の管理責任を問われる。そして、鉄道員の目標は、人命被害を最低限にすることである。ならば、5人よりも最小限の犠牲者にする選択を選ぶ。これは、誰に非難されようとも、トリアージ的な判断である。

私が一般人であれば、強姦など傍観者が共犯とされる場合もあるが、一般的には法律的には責任は問われないだろう。ただ、人として、良心の呵責がないかといえば、悩むところだ。
問題は、質問者が、5人と1人という数を選んだところである。ここにこそ、この問題の壺がある。もし、10人と1人であれば、10人を助けるほうを選ぶ。その理由は、人命の数ではなく、トロッコが突然やってきた場合、10人では逃げ切れぬ可能性が高い。一方、一人ならば、突然やってきても危険を察知し、事なきを得る場合もありうる。

もうひとつは、「作業をしている人達」の属性である。
一人の作業員が自分の父親であり、五人が見知らぬ人だったらどうするか。ほとんどの人が、5人の命を犠牲にして、父親である一人の命を助けることを肯定するたろう。
そればかりではない。この社会では、家族・知人・関係者など少数者のために、何万・何千という大多数の人達の犠牲を強いることが、世の中で行なわれている。なのに、私たちは、近しい関係の少数者のために、多数の人達を犠牲にする・捨象して考えることに、何の疑問も持たない。

そのようなことがあっていいのだろうか。そのような社会であっていいのだろうか。

インターネットがある今、誰でも世論に参加することは可能である。ならば、傍観者であることは許されない。何もしないということもひとつの決断という厳しい時代に私たちはいる。


そこで問題の答えであるが、条件は、私が一般人だとして、作業員たちは知人ではないとすると、
5人の作業員でも逃げられる可能性は1人の場合と殆ど同じと考えて、「切り替えない」。もし、10人の作業員ならば、切り替えるを選択する。
切り替えようと、切り替えまいと、当事者である「わたし」の罪は変わらない。



さらにいえば、「わたし」の心理的ストレスを最小限にすることが、個の維持には重要。
その意味で、自らが「手をくださないこと」は、是認されていい。勿論、手を下した場合よりも、心理的傷は低い。無闇にトラウマを引き受け、PSDになる必要はない。

その場合も、自分が下した決断に対する批判に耐える。その強さを持つことが求められる。

重要なのは、どのような判断をするかではなく、どんな批判にも絶えられる個であるか。だ。
posted by スポンタ at 12:03| 東京 晴れ| Comment(6) | TrackBack(0) | メディアウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この問題に答えする人には3通りの属性に分けれると思う。
一つ目は真摯に答える。
二つ目はお笑いにしてユーモアたっぷりで答える。
最後は答えない。
Posted by at 2008年11月23日 08:49
さきほどの11月23日08:49のコメントは撤回します。
Posted by at 2008年11月23日 08:51
コメントふたつありがとうございます。

撤回されるには及びませんよ。

というか、硬直した論理で作られた設問に憤って、あなたのような対応をすることは、妥当性があります。

そもそも、あんな抽象的な現実はありえないし、ありえるとしても、条件を明確にしなければ応えられない。

もしくは、匿名性の中で、この事件が起こるならば、この設問は成立する。

匿名ということは、私たちに物事の本質を考えさせてくれる。そういう素晴らしいシステムなのです。

ありがとうございました。

Posted by at 2008年11月23日 08:56
トロッコ問題の答えは、事件で起きる自らのPTSDを最小限にする行動を選択すること。
事件のあと、生きていけなくなるなら、6人の命を助けるために、自らの命を差し出すという選択もあるはず。

私は、あらぬ規定概念を娘に与えることで、娘を苦しめることを意図的に避けている。だから、私は娘に「嘘をついてはいけない」と、言わないし、純潔教育もしていない。

お前が、キャバクラに勤めようが、ソープに勤めようが、お父さんはお前を見放さない。私の娘である。さらにいえば、サービスのプロとしてのソープ嬢を尊敬している。
Posted by at 2008年11月23日 09:26
これ、画像がトロッコじゃなくて列車の牽引車なのね。で、どちらも当然周囲を警戒してるはずの作業員。
私にはこのトロッコ(列車)に操縦者が居るのかどうかが一番の関心事です。
トロッコの行く先が本線だったり化学工場かもしれませんよ。
飛行機や船舶のような大きな交通システムで個人で十分に判断が出来ない場合はコントロールセンターへ指示を仰ぐべきでしょう。
とはいえ十分低速ならば飛び乗ってなんとか止める事を考えます。
Posted by ト at 2008年11月24日 05:15
車両をポイントで脱線させる事は可能だと思えますが、そうする事が目前の状況だけに限らずに全体状況上でどうか判断できる情報を持っているかどうかですね。
たぶん車輪が乗り上げたポイントは故障し、衝撃にもよりますが交換に一日潰れるでしょう。
単に線路を傷めないような人身事故があった場合、破損車両は回送し現場は精々2〜3時間で復旧します。
保線作業員は走行車両専用の監視員を備える事になってるはずです。
Posted by ト at 2008年11月25日 06:38
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