http://ukmedia.exblog.jp/10160362/
私は、そこに次のようにコメントした。
何が起きているか。というのは単純で、「セマンテックウェブ(意味的インターネット)」に向かっているわけです。あと、フォークソノミー(民衆的分類)も視野にはいっているでしょう。
世界というのは、多くのパラレルワールド(SNS)で出来上がっている。グーグルもそのひとつでしかないんですよね。
グーグル以外の検索サイトは擬似グーグルでしかなく、その違いを検討することは、あまり価値がない。問題は、これからは、もっと情報の処理速度があがることによって、単語による情報の分析・統合ではなく、もっと高度な分析・統合が情報に対して図られるということです。つまり、全体と単語でしかなかったものが、要約や対照・反証・傍証が自動的に行なわれるようになる。
リンクの量で情報の価値を判断しているグーグルの時代が終わるのも近い。なのに、アルゴリズムを隠蔽するグーグルの文化では、セマンテックウェブには対応できない。それが私の分析です。
これがことの本質です。
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今何が起きているかといえば、ブログの本文に関連した広告が載ること。ならば、本文に関連したWikipediaのサイトが記事の最後にアップされることも簡単だ。
この記事でいえば、セマンテックウェブ・フォークソノミーなどの語の解説ページへのリンクが自動的に張られてもいい。そして、反対意見として、グーグルの時代は永遠だという他者のブログへのリンクがあってもいい。
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反対意見のリンクを張ることなど、梅田望夫氏などは望まぬだろう。
だが、言論の世界の責任とは、自分の言論を絶対視するのではなく、客観的に位置づけることだと思う。
ありえないことだが、もし、「彼の発言をきっかけに日本政府が日本語の使用を禁止し、日本文化が消滅し」、「彼の発言を間に受けた若者たちがプログラム言語を勉強したにも関わらず、その後、プログラム言語を書く事が自動化され、プログラマーの需要がなくなったとき」、梅田氏はどのような責任をとるのだろうか…。
責任などとれる筈もない。
せいぜいテロリストの刃の露と消えることだろう…。
ならば、自らの責任において、自らの言論の相対的立場を明確にすべきなのだ。
はてブに、ネガティブコメントを書いた人達こそ、責任ある人達である。私はネット者の側にいる。
2003年からスポンタ、2007年にスポンタ中村になりました。real nameは中村厚一郎です。




私の中では梅田氏も中村様もある意味等しく興味深い論者です。そして、梅田氏が何から何まで正しいとも思っておりませんし(何から何まで正しい人なんていないと思っています。)批判は批判として行われる意義のあることだと思います。重ねてコメントを寄せさせて頂いているのは単純に疑問に感じる部分があるためだということも併記させて頂いておきます。ちなみに私は「責任」という言葉を使いましたが、意味するところは難しい言葉だと思います。仰るように杓子定規な捉え方をしているわけではありません。ですから「機微」という言葉も使いました。匿名の私が言うことこそ無責任ですが、ひとつの言い方としては、梅田氏は実名でありアイデンティティを保った存在として発言なさっているわけで、そのこと自体で責任を果たされていると言える面もあるように思います。(それは中村様も同じことです。その意味では今回の私のやり方は無責任で卑怯かも知れませんが、これは批判ではないという言い逃れをさせて頂いています。)匿名(に近い存在)で相手の発言内容を吟味しない批判の在り方があまりにまりとおることへの違和感あるいは危惧という意味でなら私は梅田氏の発言には共感を覚えます。これは批判そのものへの否定とは全く違います。(他の面で中村様がご指摘なさっている矛盾を梅田氏が抱えていらっしゃるのならそれはそれとして興味深く読ませて頂きたい事柄ですが、この一連の流れでの中村様の仰り方はちょっと意味が理解しにくいなと、もしかすると愚かな私などが想像していない視点でのご批判を仰っているのかも知れませんが、どうにも解釈の糸口が見つからない仰りようなのでコメントをさせて頂きました次第です。)匿名でのコメントという点は重ねて大変申し訳ありませんでした。私も出来るだけアイデンティティの伴ったネット上の発言を展開していけるように環境を整えていきたく思います次第です。今回コメントさせて頂きましたことでその思いを改めて持つに到りました。ありがとうございます。
stさんが、書きたかった。書かざるをえなかった。それも、匿名にならざるをえなかった。ということをお互い真剣に考えたいですね。
私は、私が正しい、梅田氏が正しいという、二律背反の関係ではなくて、ふたつの意見・ふたつの利害を総覧できる情報環境をつくることが、今求められているのではないか。と思うのです。
なのに、匿名・実名議論が陽動言論として注力され、そのような参照できるメディアが登場できないということが、私は残念でなりません。
そして、匿名に拘っている私も、アウフヘーベンできていない。そういう反省があります。
あなたが、言葉を選びつつ、コメントされたことに、私は事態の深刻さを感じています。
ありがとうございました。なんとかしたいですよね。なんとか…。