【論旨】
低迷するジャズ界を復活させるには、「ジャズの定義」を明確にすることが不可欠である。
つまり、
・ジャズという音楽があるのではない。ジャズな人がいるのだ。
などは、「人生論的な解釈」であって、近代主観主義者を感嘆させても、実利はない。
私が思う(表象論的な)ジャズの定義は以下。
ジャズとは、・協演者・観客の「テンポ・メロディー・コード」の共有を前提にした自由な音楽。ジャズヴォーカルとは、・単音であっても、コードを感じさせること。・アカペラであっても、グルーヴを感じさせること。である。
これらを明確に定義しな限り、
・日本には、グルーヴしないジャズが溢れ、観客を興ざめにする。
※
学生ビッグバンドジャズの最高峰・山野コンクールの優勝バンド(慶應義塾ライトミュージックオーケストラ)が、
・ソリストがグルーヴを始めると、ピアノがそれを「タイミングのズレ」と感じて、打ち消す。
こんなあってはならぬことが、日本のジャズ界の風景である。