2020年02月17日

諏訪内晶子さんをチャイコフスキー・コンクール優勝に導いた江藤俊哉先生の評価基準。

ラジオを聴いていたら、国際ヴァイオリン・コンクールの第2位を二度経験していた彼女が、師匠・江藤俊哉氏にアドバイスを求めると、

・私なら、挑戦しないよ。

と言われたとか。

つまり、

・著名な国際コンクールで第2位なら、すでに「世界的な評価を得た」

のであって、それ以下の成績に終わることによるデメリットの方が大きい。

当時、高校生だった彼女は「コンクールに参加すること」は、「留学」の代理行為であり、「勝つこと」が目的ではなかった。といい、江藤師とコンクールの準備をすることになったという。

過去に二度、「2位になった」なら、その原因がある。と江藤師は考えた。

そして、「チャイコフスキー・コンクールのための練習」を開始する。

・チャイコフスキーは、サンクト・ペテルブルグの人であり、モスクワの人ではない。

つまりは、辺境の地・ロシアにあって、フランス語をしゃべる貴族的な人。女帝エカテリーナは、ディドロからの通信(ルーブル宮殿で行われた展覧会の批評=美術批評の先駆け)を読んでいたというから、そういうことなのだろう。

・チャイコフスキーのコンチェルトの「貴族的な楽曲解釈」がどういうものだったのか。

は、分からないが、コンクールの審査員の「満票」で優勝が決定したのだから、江藤氏の解釈は正解だったのだろう。
私が指摘したいのは、

・(チャイコフスキー・コンクールなどという)芸術作品の評価でも、「形式批評(評価記事を明確にした評価)」が行われている。

ということ。

もし、主観批評なら、「審査員の審査結果」が「みんな同じ」など「ありえない」。

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posted by sponta at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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