2020年02月15日

【映画】<韓国がアカデミー賞をとって日本がとれない「根本的な差」> ★2



に、次のようにコメントした。

日本がアカデミー賞をとれないのは「パクリを嫌う」から。(企画を「一から考える」のが常道)
日本がノーベル賞をとれるのは「パクリを嫌う」から。(オリジナルな研究が評価される)

韓国がノーベル賞をとれないのは、「パクリが横行し、オリジナルな研究がすすまないから」。
韓国がアカデミー賞をとれるのは「パクリを気にしない」ので、「過去の作品をパクリながら」、最高の作品をつくる。

実際は、アカデミー賞の4部門受賞の理由は、「ロビイ活動」つまりは、札束攻勢をかけたことらしい・・・。
posted by sponta at 04:27| 東京 ☀| Comment(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「麒麟がくる」第4回を分析・批判する。

#池端俊策 #麒麟がくる

5ちゃんねるのコメントを見ているが、

・見るのをやめた。

・前作「いだてん」よりもつまらない。

・視聴率の下落率が、前作「いだてん」を上回っている。夏前に視聴率1ケタになるかも。

と、悪評サクサクである。

制作者たちは「(視聴者の)主観批評」=印象批評だから、「気にしない」・「参考にならない」と高をくくっているのかもしれぬ。

だが、「形式批評(評価基準を明確にした吟味)」でも、「麒麟がくる」は、欠格している。

※ ○ 「形式批評」とは、オリンピックのフィギュアースケートやスキージャンプ競技などで採用されている審査方式。技術点・芸術点など「細かい評価基準」を加算することで、総合点を決める。

一方の

※ × 「主観批評」とは「(個人の)印象批評」。「審査者の独断」により、評価が決定する。音楽系のコンクールや英語弁論大会の審査では、この方式が採用されている。

芸術系の吟味で「主観批評」が採用されるのは、「芸術は、作家のオリジナルな創造物でなければならない」という「進化論的な芸術観」によるものであり、歴史的な普遍性はない。

1990年代で「進化論・モダニズムの時代」は終焉している。それ以降は「ポストモダン(モダンの後の時代=客観&相対主義)である。

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